近未来を舞台にした寓話であるが風刺が効いていて面白い。
「コズモポリス」(2012仏カナダ)
ジャンルSF・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 近未来のニューヨーク。ハイテク装備のリムジンをオフィス代わりにしながら市場の相場を確認している青年実業家エリックは、只ならぬ街の様子に不安を抱いていた。その日、ニューヨークは大統領の訪問が予定されており、大勢の市民がデモを計画していたのである。エリックは様々な友人をリムジンに招き入れながら、混乱するニューヨークの街を練り歩いていく。
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(レビュー) 巨万の富を得た青年実業家の一日を描いたSF作品。同名原作をD・クローネンバーグが映画化した作品である。
SFと言っても設定は近未来で、我々が生きている現代に限りなく近い時代背景で物語は進む。本作の主人公エリックは、資本主義経済の申し子のような青年で、ここウォール街で巨万の富を得た青年実業家である。その彼がハイテク装備のリムジンに乗って様々な事件に巻き込まれていく‥というのがこの映画の大筋である。
尚、原題の「Cosmopolis 」には国際都市、世界都市というような意味がある。グローバリズムが叫ばれる現代。正しく金融市場の中心を担うのがこの物語の舞台であるニューヨークであり、エリックのような一部の資産家たちと言えよう。そのことを併せ考えれば、この物語はある意味で現代の鏡像ようにも思えてくる。
原作は2003年に書かれた小説である。21世紀に入りITバブルがはじけ、アメリカでは同時多発テロが発生。思えば世界市場の崩壊はこの頃から徐々にその予兆を見せ始めていたのかもしれない。やがてサブプライムローン問題をきっかけに金融市場は大打撃を受けて、貧富の差は益々拡大していった。原作が発表されたのがその直前であることを考えると、これは当時からすれば未来を予見した小説だったのかもしれない。
映画後半から徐々にエリック暗殺というサスペンスが頭角を現してくる。こうした暗殺事件は案外いつ起きても不思議じゃない‥と思える。この暗殺計画は、彼ら資産家たちに対する下層民たちの”断罪”に他ならないわけで、実に痛烈な風刺になっている。自分は原作を未読なので、今回の映画がどこまで原作に忠実に作られているのか分からない。しかし、映画を見る限り、これは現代を描いている作品のような気がした。
クローネンバーグの演出は、スタイリッシュなタッチを基調にしながら端正に整えられている。特に、今回は大胆にブルーのトーンが張り巡らされているのが特徴で、これは物質的・肉体的には恵まれたエリックが、それとは反対に内面的には満たされない人間であるという”孤独”を見事に表現していると思った。
また、彼はホラーやSFといったジャンル映画を数多く撮りながら、その実、作品の裏側には必ずと言っていいほど社会派的なメッセージを忍ばせてくる作家である。先に述べたように、今回の映画にもそれは確実に通底されており、改めて彼がこの作品を手がけた理由というのもよく分かった。
ただ、ビジュアル的なグロさは完全に封印されており、リムジンで行われる小難しい対話などから、過去作と比べて地味な印象は拭えない。
尚、一番面白く見れたのは、エリックと本屋で見かけた女性の関係を描く一連のシーンだった。基本的に今回の物語はエリックがリムジンに乗って床屋へ行くまでの一日を描いたストーリーなのだが、その間に彼は彼女と何度か再会する。そのたびに彼は「ホテルへ行こう」とナンパをするのだが、これが中々上手くいかない。多分これまでだったら彼が一声かければどんな女性でも付いてきたのだろう。しかし、彼女だけは頑なに彼の誘惑を袖に振るのだ。この時のエリックがまるで性欲旺盛なガキにしか見えなくて可笑しかった。まるで駄々をこねる子供そのものである。そして、この幼児性は彼の本性のようにも思えた。
それが証明されるのは、後半の床屋のシーンである。この床屋はエリックの行きつけの床屋で、彼が一番ホッとできる場所である。床屋の主人はエリックのことを昔から知っていて、懐かしい話をしながら散髪する。この時のエリックは、それまでとはまるで別人のように年相応の青年の顔になる。普段は虚勢を張っていても素に戻れば可愛らしい若者なのである。
逆に、これは余り上手く撮れてないな‥と思うような場面もあり、そこについては残念だった。
例えば、黒人アーティストの葬儀は、モニター越しの映像なので随分とこじんまりとしてる。加えて、エリックと彼がどこまで深かい仲だったのかが分からないので、このドラマにおける彼の死の重要性が今一つピンと来なかった。このエピソードの必要性が余り感じられない。
また、パイ投げの襲撃シーンは、クライマックスの暗殺を匂わす伏線だとしても、サスペンスを盛り上げるほどの効果を上げていない。どうにも緊迫感が無く、むしろコメディのように見えてしまい緊張感を削いでしまっている。
キャストでは、エリックを演じたR・パティンソンが中々に良かった。彼の初見は「トワイライト」シリーズの第1作
「トワイライト~初恋~」(2008米)だったが、色白でどこか儚げなルックスが如何にもヴァンパイアといった佇まいで印象に残っている。その外見が今回の虚無的な青年には上手くハマっていると思った。