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神々のたそがれ

この世界観は唯一無二!
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「神々のたそがれ」(2013ロシア)星5
ジャンルSF・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ)
 とある惑星の都アルカナル。そこは地球より800年ほど文明が遅れており、まるで中世暗黒時代のような生活が広がっていた。そこに地球から30人の学者たちが派遣される。彼らの目的は、この星の文明を発展させるための援助だった。しかし、何年経っても文明の発展はおろか、蛮族による暴行が蔓延し知識人たちは粛清され続けた。調査団の一人ドン・ルマータは、知識人たちの一部を匿い、その逃亡を支援し、いつしか人々から神のように崇められていく。ところが、ついに彼の元に反逆の手が忍び寄る。

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(レビュー)
 ロシアのSF作家ストルガツキー兄弟による「神様はつらい」の映画化。監督・共同脚本はアレクセイ・ゲルマン。製作期間15年。上映時間3時間という大作である、尚、今作は彼の遺作となった。

 実は、今回の映画はこの原作の2度目の映画化らしく、1度目は1990年に「惑星アルカナル/宇宙からの使者」(1990独仏ソ連)というタイトルで映像化されている(未見)。この「惑星アルカナル~」は、アクション満載なエンタテインメント作で、どうやらコメディ要素もあるということである。残念ながら日本では未公開のビデオスルー作品でVHSでしか発売されていない。そのため今となっては見る術が限られてしまっている。
 また、彼らの原作の映像化でば、巨匠A・タルコフスキーが監督した「ストーカー」(1979ソ連)という作品がある。こちらは世界的に有名な傑作だが、映画の中味自体は原作からかけ離れた内容で、タルコフスキーらしい難解で哲学的な映画になっている。

 かくして、今回、彼らの「神様はつらい」が再び映像化されたわけであるが、正直な話、かなり見る人を選ぶ作品だな‥思った。恐ろしいほど、ぶっ飛んだ内容で衝撃を受けた。

 まず、何と言ってもモノクロで描かれる独特の映像世界が目を引いた。あらすじで書いたように、アルカナルの世界は西欧の中世を思わせる世界観で、SFと言ってもかなりノスタルジックなルックである。
 そして、ただノスタルジックなだけでなく、この星の人間は所構わず糞尿をしたり、その辺に平気で唾を吐いたり、嘔吐をしたりする。我々が考えるようなマナーという概念が根本的に無いらしく、例えるならP・グリーナウェイ的な露悪趣味の世界。同氏が監督した「コックと泥棒、その妻と愛人」(1989伊仏)のような、胸糞が悪くなるような世界観が広がっている。おそらくこの絵面を見た人の多くは不快感をもよおすだろう。
 更には、この星は蛮族が横行しており殺し合いが絶えない。バイオレンスシーンはかなりエグく撮られており、死体や臓物もその辺にゴロゴロしている有様である。

 かように出てくる映像だけでも嫌悪感を覚えること必至であり、これだけでも受け付けない人は多いだろう。

 一方、ストーリーはと言うと、設定が曖昧なまま展開されるので、その読解にはかなりの難儀を要する。というのも、冒頭に少しだけこの星の状況が紹介されるのみで、暫くはドラマと言ったドラマはなく、淡々とルマータの日常風景が紹介され、話がどこへ向かって進んでいるのかがよく分からないのだ。
 しかも、今作は基本的に手持ちカメラの長回しが多く、画面がめまぐるしく動き回るので大変見辛い。また、画面の手前に平気で物が写り込むので被写体が隠れてしまうこともある。それでも問答無用でカメラは回り続ける。おそらくドキュメンタリーっぽい生々しさを演出したいために、敢えて無頓着に撮っているのだろう。しかし、これでは見る側はまるで画面に引きずり回されているみたいで余り気持ちの良いものではない。「時計じかけのオレンジ」(1971米)におけるルドヴィコ療法と言えばいいだろうか‥。そんな感じで、延々と暫くは地獄絵図を見せつけられる羽目になる。

 映画が中盤に入ってくると、ようやくルマータの日常描写から離れてドラマが動き出す。この星では蛮族による賢者狩りが行われていて、それを匿ったかどでルマータは捕縛されてしまう。ここから彼の蛮族への反撃、戦いが始まる。

 ただ、先述したようにルマータの周辺を描くドラマが延々と続くため、彼と蛮族との戦いはむしろ取ってつけたようなアクションシーンになっている。純粋にエンタテインメントとして楽しむことはできない。むしろ、この映画で最重要なのは、彼の戦いをヒロイック描くことではなく、神として君臨する者としての苦悩。醜い争いに呑み込まれながら自らも獰猛な殺戮者になっていくことに対する悲痛な思い、そのものなのだと思った。

 結局、この映画が何について描いているのか?ということを考えた場合、自分は今作が作られたソ連という”国”のことを考えてしまう。ソ連は芸術を長い間、弾圧してきた歴史がある。かのタルコフスキーも1984年に亡命を宣言しており、他の芸術家もこの圧力に屈して国を捨てたり、創作を断念してきた。そういった歴史を考えるに、今作はSFという設定を用いてはいるが、当時のソ連の芸術に対する規制、弾圧の事情を投影しているのではないか‥そんなふうに想像できる。賢者狩りなどは、まさに当時の芸術狩りを表しているとしか思えない。

 また、この星で神として崇められるルマータが、文明発展の補助をしていくという役割を全うできず、結果的に殺し合いしか生まれなかった現状を憂い、絶望していくこのラストには、指導者としての苦悩も垣間見えた。
 ラストで、彼はこの星の人々に深く失望しながらも、その場に留まる決意をする。その真意は何なのか?ということ考えた時に、これは人類に投げかけられた皮肉なのではないか‥という気がしてしまった。結局、人と人は永遠に争い続け、彼らを救う術はない‥ということを、この映画は壮大な設定を使って皮肉的に表しているのではないか。そんな気がした。確かにこれでは”神様もつらい”だろう‥。

 全編通して地味なモノクロ画面で、汚物や臓物が辺り一面に飛び散るような不快な映像も出てくる。しかも、ストーリーに余り関わってこない変態的なキャラたちの騒々しいやり取りもあったりして、かなりの偏屈な作品である。好き嫌いがハッキリと分かれるだろう。しかし、この圧倒的なビジュアルで3時間を押し切った所は痛快であるし、こういう映像体験は昨今中々できないことだった。
 そんなわけで、通り一辺倒な娯楽映画に食傷気味の人、コアな映画通なら一見の価値があるように思う。
[ 2015/04/09 01:31 ] ジャンル人間ドラマ | TB(0) | CM(0)

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