原恵一監督の木下惠介作品オマージュがたっぷり詰まった初の実写作品。
「はじまりのみち」(2013日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 太平洋戦争下の日本。映画監督・木下恵介は、政府からの要請で製作した戦意高揚映画「陸軍」のラストを巡って、映画会社と対立して辞表を提出した。田舎の浜松へ帰った恵介は、病床の母の世話をする決心をする。その後、戦局が悪化すると、恵介は母を安全な山間の村に疎開させることにした。彼は病身の母をリヤカーに乗せて、兄と荷物運びで雇った便利屋と一緒に過酷な山越えを試みる。
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(レビュー) 映画監督・木下恵介の立志を母との関係を絡めて描いた感動作。木下惠介生誕100年記念映画として製作された作品である。
監督・脚本は「クレヨンしんちゃん」シリーズや
「河童のクゥと夏休み」(2007日)、
「カラフル」(2010日)の原恵一。今作は彼の初の実写映画作品である。彼が敬愛する映画監督・木下恵介にオマージュを捧げるかのような内容になっている。
木下恵介作品を知っている人には、様々な場面でそれが感じ取れるだろう。逆に、木下作品を全然知らないという人には、これを機に興味を持ってもらえたら良いと思う。この映画の中には氏の代表作の映像が何本か出てくる。日本映画に偉大な足跡を残した巨匠の仕事ぶりが確認できるだろう。
物語自体はいたってシンプルである。木下恵介‥本名は正吉と言うが(これは初めて知った)、彼が映画作りを諦めて病気の母をリヤカーに乗せて疎開する‥という、ただそれだけの話である。確かに単調なストーリーではあるが、ドラマの芯がしっかりとしているので、見てて自然と引き込まれた。
一方、原監督の演出手腕は、「河童のクゥと夏休み」や「カラフル」でも書いたように、”泣かせ”のシーンにこそ、その本領を発揮する。今回も宿屋を訪ねるシーンでそれを味わえた。正吉が母の顔についた泥をてぬぐいで拭いてやる姿に、まんまと泣かされてしまった。普通に描けば何のことはない日常描写だが、原監督はじっくりと描いて見せている。まるで周囲の時間が止まったかのような中に、母子の愛がしっかりと描き込まれている。実に感動的だった。
この他にも、1カットの長回しで見せるようなシーンもあり、概ね演出は端正に整えられていると思った。実写とアニメでは表現の仕方で色々と違いがあろう。しかし、前作「カラフル」を見れば分かるが、緻密な美術背景、繊細なキャラクターの所作等、作品の世界観から演出に至るまで、いわゆるそれまでの”マンガ的”な表現から”写実的”な表現へと切り替わっている。その時の経験が今回の初の実写作品にも上手く奏功しているような気がした。
また、後半で流れる「陸軍」のクライマックス映像(母子の別れのシーン)も印象に残った。これは正吉たちと一緒に旅をする便利屋の話の中で登場してくる。彼は正吉を木下恵介だと知らなくて、「陸軍」を見て感動したと伝えるのだが、そこでこの映像が流れるのだ。
恥ずかしながら自分はこの映画を見たことがなかった。しかし、ここに至るまでの正吉と母のやり取りを見ていると、その映像が実に切なく感じられてしまった。正吉と母の別れを暗示しているかのようである。
本来、こうした作品の引用というのは、<創作>という意味からすれば邪道と言われるべき物である。しかし、その引用に監督のきちんとした演出意図、そしてオリジナルに対するリスペクトが配慮されているのであれば、自分はあっても良いように思う。ゴダールの引用癖も然り。映画と人生、映画と歴史の考察の表現方法である。それはもはや作家性の域にまで達している。
もっとも、いくらオマージュとはいえ、終盤の木下作品のつるべ打ちには少々辟易したが‥。
今作は上映時間が約90分と短めである。そのうちの15分くらいは木下映画の映像セレクションという構成になっている。原監督の木下作品に対する愛は確かに感じられる。そして、作品のチョイスもベストだと思う。ここで紹介されている作品は全てが日本映画の歴史に燦然と輝く名作ばかりだ。しかし、全体の尺の1/6が引用というのは流石にどうだろうか?映画の企画の趣旨は分かるが、もっと作品の独自性も尊重して欲しかった。
キャストは夫々に好演していると思った。正吉役の加瀬亮は朴訥とした中に、映画青年としての芯の強さをしっかり体現していた。また、母役の田中裕子の言葉を排した演技も素晴らしかった。便利屋を演じた濱田岳の飄々とした演技も良い。彼にはコメディリリーフ的な役割を持たされており、このあたりに原恵一らしい”マンガ的”造形の妙が上手く盛り込まれていると思った。
尚、エンドクレジットについては物申したい。映画に協力してくれた関係者を顔出しさせているが、これは蛇足に思えた。こういうのはコメディの場合は、お茶目という感覚で楽しいかもしれないが、感動を売りにした今作のような場合は、現実に引き戻されてしまい興醒めしてしまう。