江戸時代に実在した女性浮世絵師のドラマ。
「百日紅~Miss HOKUSAI~」(2015日)
ジャンルアニメ・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 江戸の下町。当代一の人気絵師・葛飾北斎を父に持つお栄は23歳の女浮世絵師。居候の善次郎やライバル門下の売れっ子絵師・歌川国直らと賑やかな毎日を送っていた。そんな彼女にも悩みはあった。未だ恋を知らない彼女が描いた美人画には色気がないと言われたのだ。お栄は北斎の元弟子・初五郎に密かに想いを寄せていたのだが‥。
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(レビュー) 実在した葛飾北斎の三女・葛飾応為、通称お栄が、様々な出来事を経験しながら一人前の浮世絵師になっていく様を美しい映像で綴ったアニメーション映画。
原作は杉浦日向子の漫画「百日紅」(さるすべり)。それを
「カラフル」(2010日)や
「はじまりのみち」(2013日)で知られる原恵一が監督したアニメ作品である。
葛飾北斎は知っていたが、彼に同じ道を歩んだ娘がいたとは知らなかった。お栄は父親譲りの才能で、父の代筆をしながら実力を上げていった女性絵師である。世の中的にはそれほど注目されなかったが、実は北斎との共作も多いと言われている。wikiによれば、彼女が描いた絵は現存するもので僅か10点のみということである。その1枚が映画の最後に出てくる。
今作は、そんなお栄の知られざる人となりを紹介していく作品である。多少のフィクションは入っているだろうが、原作者の杉浦日向子は時代考証家としての顔も持つ才人である。歴史を踏まえてきちんと作っているのだろう。それだけに今回の物語は興味深く見ることが出来た。
お栄のキャラクターは実に奥深く造形されている。父に追いつこうとする職人としての顔、恋に素直になれない乙女としての顔、年の離れた病弱な妹を思いやる姉としての顔。以上3つが、この物語から窺い知れるお栄のキャラクターである。これは我々が抱く日本古来の慎ましかやな女性像とは正反対である。実にエネルギッシュで快活で、ある意味では非常に現代的で”ロック”な女性だと思った。お栄のキャラクターが突き詰められたという点において、今作はキャラクター映画としてとても魅力的に作られている。
中でも、病弱な妹との交流にはしみじみとさせられた。原恵一監督らしい情緒で引っ張ったエピソードが個人的にはツボに入った。
ただ、今回の物語では他にも幾つかサブエピソードが語られており、それらがすべて面白く見れたわけではない。中には、どうしてこれが入っているのだろう?と思えるようなエピソードもあった。
今作の原作は長編マンガである。その原作を1時間半の映画にまとめるなら、エピソードの取捨選択は当然必要になってくる。どこに重点を置き、どれを捨てるのかという作業が大変重要になってくると思う。しかし、今作はそこが余り上手くいってるように思えなかった。どれもこれも欲張りすぎてしまった‥という印象である。
例えば、妖怪のエピソードは確かにアニメならではのファンタジー表現で魅力的に描かれていたが、結果、お栄の成長ドラマにはほとんど何の寄与も果たしていない。日常の中の非日常を描いた1エピソード‥という程度で、ドラマを散漫にしているだけである。
お栄が描いた屏風のエピソードも然り。「地獄」と「極楽」というキーワードは、お栄の妹を描く後半のエピソードで再び登場してくるが、それを抽出した逸話だとしても特に必要は無かった。お栄が北斎との実力の差に打ちのめされる‥という意味においても蛇足である。すでに映画を見ていれば至る所でそれが分かるからだ。
このように幾つかのエピソードについては、それほどの関心を持って見ることは出来なかった。むしろ、それを描くのであれば、メインのエピソード、初五郎との関係、妹との関係、父との関係をもっと深く掘り下げて欲しかった。
映像は全体的に美しく、四季折々の風景における味わい深い色彩配置、江戸の下町風景の細やかな描写、モブの丁寧な描写が素晴らしかった。また、北斎の絵を彷彿とさせる大胆な映像手法もあり、このあたりの実験も斬新で面白かった。
キャストは、割とフラットな声質で全体的にまとめられている。いずれも俳優が演じているのだが、気になる人は気になるかもしれない。ただ、全体としてまとまっているので、特に誰かが浮いているという感じはしなかった。おそらく監督の意向で敢えてフラットな演技に統一されているのだろう。落ち着いた”声作り”になっている。子供を主人公してきたこれまでの作品と大人を主人公にした今回の作品の違いのように思えた。