刑事と殺人犯の攻防をドキュメンタリータッチで描いたサスペンス映画の傑作。クライマックスに目が釘づけ。
紀伊國屋書店 (2008-06-28)
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「殺人容疑者」(1952日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 渋谷で男の刺殺体が見つかる。警視庁捜査一課の中沢刑事、豊田刑事らが捜査にあたるが、事件を知る鍵とされていた飲み屋の女将が同じ手口で殺されてしまった。その店には貿易振興会の経理部長・山田が頻繁に出入りしていた。早速、彼の元を訪ねると、そこで木村商事という名前が浮上してくる。木村社長は裏で風俗営業を行っていた。きな臭い物を感じ取った中沢達は木村の身辺を調査していくのだが‥。
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(レビュー) 刑事と連続殺人犯の息詰まる攻防をドキュメンタリータッチで描いたサスペンス作品。
80分足らずという短い尺なので、事件のからくりは大したことがないのだが、要所の演出が全体を引き締め全体的にはかなり面白く見れる作品である。特に、クライマックスの刑事と犯人のスリリングな追跡劇が秀逸だった。モノクロ映えする薄暗い下水道という舞台。肌を突き刺すようなピリピリとした緊張感を演出するカメラワークが素晴らしい。正にノワールタッチここに極まれり‥である。
監督はB級サスペンス映画の職人・鈴木英夫。個人的に彼の作品は結構好きで見ているのだが、サスペンスに秀でた演出は、日本映画史を語る上でもっと評価されて然るべきと思っている。
例えば、先述のクライマックス・シーン。下水のこぼれる音をBGM代わりにしたアイディアは秀逸である。また、セリフを排して映像のモンタージュだけで刑事と犯人の心理的駆け引きを描き切ったセンスも素晴らしい。2人の刑事がアイコンタクトを交わす演出も非常にクールで痺れた。
また、今作は戦後間もない頃の映画である。この当時でしか存在しなかったロケーションが各所に登場してきて、これも良い味を出していた。特に、前半は刑事たちの視点で描くセミドキュメンタリー・タッチが貫かれており、個々の刑事が訪れるロケーションが画面にリアリズムをもたらしている。
更に、淡々としたナレーションは、当時のニュース映画のような口調になっていて、これも奇妙な面白さがあった。この連続殺人事件が、さも本当にあったように解説している。
後半は一転して、追われる犯人側の視点に切り替わって物語が展開される。この大胆な視点の切り替えには驚かされたが、通俗的なドラマとかけ離れた面白味を感じる。そして、こちらもほぼ全編オールロケで撮影されており、中にはゲリラ撮影と思しきシーンも見つかる。
例えば、街のど真ん中で逃走犯の一味が刑事に捕まり、そこにたくさんの野次馬が駆けつけて大騒ぎになるシーン。これなどはどう見ても作ろうとしても作れないリアルさがある。おそらくリハーサルもなしに街中でぶっつけ本番で撮影したのではないだろうか?昔の低予算のB級映画だったらありそうである。
一方、脚本上、幾つか詰めの甘さが見られたのは残念だった。木村が部下のタレこみをみすみす見逃したのはどう考えてもおかしい。普通であれば、部下はその以前から様子が変だったのだから口封じしておくべきであろう。このあたりは突っ込みを入れたくなってしまった。
また、これは演出的な問題であるが、後半のカーアクションが余り乗れなかった。編集が不自然なのが原因である。
尚、本作は丹波哲郎の映画デビュー作でもある。彼は主犯格である木村を熱演している。冒頭のクレジットでは「丹波哲郎」と表記されているが、エンディングでは本名の「丹波正三郎」と表記されている。このあたりの”いい加減さ”も昔のB級映画ならでは‥である。微笑ましい。