明るくてちょっとビターな社会派&青春&ロマンス作品。
紀伊國屋書店 (2011-09-24)
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「夏の妹」(1972日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ) 中学生の少女・素直子は、ピアノの家庭教師で父と再婚予定にある桃子と一緒に沖縄へやって来た。素直子の許に兄かもしれない鶴男から手紙が届き、そこに「夏休みになったら遊びにおいで」と書かれていたからである。しかし、彼女に鶴男の顔は分からない。素直子と桃子は旅の途中で知り合った桜田という中年男と意気投合し、彼と一緒に鶴男を探すことにした。しかし、見つからずホテルに帰ってくる。フロントで桃子は、素直子宛てに届いた鶴男からの手紙を受け取る。彼女は素直子に内緒で鶴男に会うために手紙に書かれていた場所へと向かうのだが‥。
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(レビュー) 返還されたばかりの沖縄を舞台に、少女が兄かもしれない青年に惹かれていく青春ロマンス映画。
こう書くといかにも淡いタッチの映画のように思うが、何しろ監督が、あの大島渚である。少しクセを持った作品となっている。尚、脚本には大島渚の他に、佐々木守、田村孟といったATG作品ではお馴染みの面々が顔をそろえている。
この映画は、沖縄と日本、アメリカという3者の複雑な関係を巧妙に織り込んだ所が凄いと思う。大島渚らしい政治的メッセージは、それほど前面に出ているわけではないが、各登場人物に託された意味を鑑みると大変政治的な映画とも言える。
まず、本土からやって来た素直子は日本を体現するキャラである。途中から彼女を追って沖縄へやって来た父親・菊池も日本を体現するキャラと言える。
鶴男の母・ツルは沖縄出身ということもあり沖縄を体現したキャラ、彼女の内縁の夫・国吉もまた然り。二人は生まれも育ちも沖縄で、
「ウンタマギルー」(1989日)風に言えば”琉球王国民”である。
そして、桃子はクールな外見、素直子や菊池には内緒で”ある魂胆”を持ってこの旅をしているという点で、したたかなアメリカを象徴したキャラのように思う。加えて、桃子を演じたりりィは実際にハーフの女優であり、そのことから考えてもアメリカの血を引き継ぐキャラと考えて間違いない。
問題は鶴男である。彼は菊池の子かもしれないし、国吉の子かもしれない。この謎は最後まで謎のままで、それゆえ日本と沖縄、両者の間で揺れ動くアイデンティティの不安定な存在となっている。ここがこのドラマのキー、すなわち素直子の本当の兄なのかどうか?という後半の問題に関わってくる。
尚、今作には彼らの他に、戦争を引きずって生きる二人の男たちが登場してくる。一人は素直子の旅に同行する桜田という男である。彼は戦時中の悔恨から、ここ沖縄で「殺されたい」と願っている。もう一人は、照屋という沖縄民謡の歌い手である。彼もまた戦時中に様々な悲劇に見舞われたのだろう。その恨みから「(日本を)殺したい」と口にする。二人は映画の後半から、国吉達によって引き合わされ、「殺されたい」、「殺したい」と思いながら静かに対峙していく。その関係は明らかに桜田=日本、照屋=沖縄という図式に当てはめて見ることが出来よう。
このように各登場人物が抱えるバックストーリーの中に、国家間の複雑な関係を織り込んだという点で、今作は紛れもなく政治的な映画と言える。一見すると、よくある青春ロマンス映画のように見えるが、深く考えれば色々と考察出来る。そこがこの映画の面白い所である。
そんな彼らがクライマックスで、中々興味深い会話劇を披露している。
鶴男の出生に関して、菊池とツルと国吉が心情を吐露する。しかし、結局どちらの子か分からないままで、それを聞いた素直子はやきもきする。ただ、このシーンの直前に、素直子は桃子と鶴男が抱き合う場面を見ており、そのショックから「沖縄なんて日本に帰ってこなきゃ良かったんだ!」と独白している。この事から察するに、おそらく鶴男は国吉の子供ではないかと想像できる。この独白における「沖縄」とは「鶴男」のことを指していると思えるからだ。
ちなみに、鶴男(沖縄)が素直子(日本)ではなく桃子(アメリカ)と結ばれるというということは、米軍基地が置かれている沖縄の現状を暗に言い表しているとも言える。このあたりも完全に大島渚は狙ってやっているのだろう。
かくして、素直子は鶴男の手を引っ張って、菊池達の対談の場から連れ出すのだが、このシーンは印象深かった。大人達の勝手な行動に嫌気がさした若者が過去の因縁に捕われず未来に向かって進んでいく‥という、青春映画としては実に清々しい締めくくり方になっているからである。二人の瑞々しい姿に何だか感動してしまった。
大島渚の作品と言えば、難解で重苦しいというイメージがあるが、今回の映画は実に軽やかで明るいテイストが貫通されている。少々のユーモアと観光映画的な親しみやすさ、何より素直子の明朗なキャラクターが、映画全体を美しく見せている。全体のテイストが明るめなので、おそらく大島作品の中では一番取っつきやすい作品ではないかと思う。
但し、彼の政治的イデオロギーは確実に入っているように思う。それほど前面に出ているわけではないが、きちんと見ていればそれはよく分かる。
キャストでは、素直子を演じた栗田ひろみの、はつらつとした演技に好感を持った。映画初出演という事で、演技の方はお世辞にも上手いとは言えないが、この明朗さは希少だろう。彼女の愛嬌が、暗くなりがちなドラマを一掃してくれる。
鶴男を演じたのは石橋正次。同年に特撮TV「アイアンキング」で主役を張っているが、今作では流しの青年という役柄で「シルバー仮面」の歌を披露している。”兄よ妹よ”という歌詞に引っかけての歌唱であるが、何だか可笑しかった。
桃子を演じるのは、りりィ。彼女も今作が映画初出演である。大人びた表情やハスキー・ボイスが非常に個性的で、劇中では最も印象に残った。