不幸な事故の被害者と加害者が共に再生の道を歩もうとする感動ドラマ。
角川書店 (2013-06-28)
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「ラビット・ホール」(2010米)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 閑静な住宅街に暮らす主婦ベッカは、愛する息子を交通事故で失くして失意のどん底にいた。夫ハウイーとの関係もぎこちないものとなっており、気遣う周囲の家族にも辛く当たるようになる。そんなある日、妹のイジーから妊娠を告白される。姉としては祝ってやるべきだったが、どうしても素直に喜ぶことが出来ず喧嘩をしてしまう。その後、ベッカは偶然、町中で息子を轢いた加害者の少年を見かける。
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(レビュー) 子供を事故で亡くした主婦が周囲の人々の協力を得ながら再生していく感動のヒューマン・ドラマ。ピュリッツァ賞受賞の同名戯曲の映画化で、原作者自らが脚本を担当している。
約90分という小品ながら、ドラマの芯がしっかりとしており鑑賞感はズシリと重い。こういうのを佳作と言うのだろう。派手さはないが、しみじみとくる映画だった。
物語は、いわゆる”喪の仕事”を描くドラマとなっている。最愛の息子を事故で失ったベッカは、その加害者である少年と出会い、彼のことを尾行する。そして、映画中盤で2人は初めて言葉を交わす。被害者と加害者の間で一体どんな交流が描かれるのか?そこを軸にこのドラマは緊密に展開されていく。
ドラマの肝となるのが加害者の少年ジェイソンである。彼は真面目な学生で、今回の事故は過失が招いた悲劇で、彼はこれによって心に深い傷を負った。ベッカは彼に近づいても責めたりはしない。一体どんな少年が最愛の息子の命を奪ったのか?それを確かめるためだけに近づくのだが、それがかえってジェイソンの心をいっそう苦しめることになる。そして、ジェイソンはベッカと彼女の息子に対する謝罪の気持ちとして、「ラビット・ホール」という手書きのコミックを書く。
このコミックのタイトルの意味については、色々と考えさせられた。自分は「不思議の国のアリス」を連想した。アリスはウサギに導かれて穴に落ちて冒険の旅に出た。今回のドラマもそれと一緒で、ベッカは息子の死から立ち直るために、ジェイソンという”ウサギ”に導かれて再生の旅に出た‥と、そんな風に思える。
尚、「不思議の国アリス」は元々、作者のルイス・キャロルが知人の少女にプレゼントするために手書きで作った本である。表現の仕方こそ違え、創作物という点ではジェイソンが描いた「ラビット・ホール」も一緒である。彼はベッカと彼女の息子に対する謝罪の意味からこのコミックを描いた。
また、この物語には「並行世界」という著書名の本がキーアイテムとして登場してくる。これも今回のテーマを解釈をする上では非常に重要な意味を持っているように思った。我々は何か悲しいことがあった時に、落ち込んだり、今作のベッカのように周囲に辛く当たったりしがちだが、結局色々と考えても仕方がないように思う。身体的な病気ではないのだから何か特効薬があるわけでもない。ただ悲しみが薄れていくのをじっと待つしかないのだ。
そこで「並行世界」である。並行世界とは別の時間軸に存在するもう一つの世界のことである。別の自分がもう一つの人生を送っている「未来」と言い換えても良いかもしれない。例えば、ベッカが息子と仲良く暮らしている世界。ジェイソンが順風満帆なキャンパス・ライフを送っている世界。事故が起きなかった別の世界、つまり今とは違う未来。それを悲しい時、辛い時に思い描くことで、少しだけ悲しみは和らぐのではないだろうか。この考え方はカウンセリングという点でも非常に合理的な考え方ではないかと思う。
終盤に、この「並行世界」的な思考を示唆したやり取りが出てくる。ベッカが息子の遺品を整理する際に、彼女は母親と会話をする。実は、ベッカの母親も過去に息子を亡くしており、その時の経験を踏まえて、ベッカに対して上記のような事を言っている。ベッカはそれを聞き溜飲が下がったような表情を見せる。セリフではなく表情だけで表現した演出が素晴らしいのだが、この母親の慰めの言葉は、悲しみは時間でしか解決できないということを暗に物語っているように思う。
監督はジョン・キャメロン・ミッチェル。「へドウィグ・アンド・アグリーインチ」(2001米)の監督・脚本・主演でデビューした気鋭の作家である。今回も低予算のインディペンデント作品であるが、その時よりも演出が確実に洗練されていて、「ヘドウィグ~」よりもかなり見やすかった。所々にユーモラスな演出を入れるあたりには余裕も感じられる。例えば、家族を失った者達が集まるセミナーのシニカルなやり取りなどにはクスリとさせられた。
キャストでは、ベッカを演じたN・キッドマンが印象に残った。愛する我が子を失った母親の苦悩を粛々と演じている。
ジェイソンを演じるのは、鑑賞順は逆になってしまったが、先頃見た
「セッション」(2014米)の熱演も記憶に新しいM・テラー。今作が彼の長編映画デビュー作である。この若さで中々堅実な演技を見せている。