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心が叫びたがってるんだ。

青春物の王道。ベタな展開に少しのサプライズ。そしてこの青臭さがたまらない。
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「心が叫びたがってるんだ。」(2015日)星3
ジャンルアニメ・ジャンル青春ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ)
 幼い頃に発した何気ない一言で家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順。彼女はそれがトラウマとなり、言葉を発するとお腹が痛くなり喋ることができなくなってしまった。高校2年のある日、順は担任から年に一度のイベント地域ふれあい交流会の実行委員に任命される。一緒に任命されたのは、心を閉ざした無気力少年・坂上拓実、チアリーダー部の優等生・仁藤菜月、甲子園を期待されながらヒジの故障でやさぐれてしまった野球部のエース・田崎大樹というまるで接点のない3人だった。やがて担任の独断で出し物がミュージカルに決まる。順は歌うことなら自分にもできるかもしれない‥と思い始める。

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(レビュー)
 2011年に製作されて大ヒットを記録したテレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のスタッフが製作したオリジナル長編アニメ。言葉を発せなくなった少女と周囲の成長を感動的に綴った青春ドラマである。

 「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」(通称「あの花」)はテレビで見て感動した口である。その後「あの花」は劇場版と実写ドラマ化もされて大いに話題を呼んだ。監督の長井龍雪と脚本の岡田磨理は一躍注目され、時代を担うアニメ作家として広く知られるようになった。その主要二人が新作を作るという事で、今回の作品も「あの花」ファンの間では期待された。自分もそのうちの一人である。

 しかして期待に胸ふくらませて見たわけだが、結論から言うと今回の作品は実に手堅く作られていると思った。青春ドラマとしての枠組みをしっかり守りながら、エンタメ性も十分織り込みつつ、鑑賞感爽やかに万人受けするように作られている。「あの花」は感動過多な部分もあったが、今回の作品にはそこまでの涙の押し売りはない。その分、見終わった後の印象もスッキリとしていて良い。

 ストーリーは明快且つこちらが想像する方向に沿って展開されるので意外性はない。しかし、この予定調和な所が嫌味ではなく、自然な流れで演出されているので気持ち良く乗っかることが出来た。

 また、主人公・順の成長も丁寧に筆致され、テーマも真摯に受け止められた。要するに、この映画は「心が叫びたがってるんだ。」というよりも「心が叫び痛がってるんだ。」だと思う。

 順はトラウマを抱えながらずっと成長しないでここまで来た子だと思う。言葉を発するとお腹が痛くなるが、これは子供の仮病みたいなもので自己暗示から来る痛みである。それが拓実に出会い彼に恋をすることで、胸(心)が痛む‥という風に変わる。これが成長である。人は誰かを好きになって初めて身体的にも精神的にも成長する。時には失恋も味わう。しかし、それがその人間を一回り大きく成長させる。そこには必ず痛みが伴う。このドラマは順の心の痛みを描くドラマなのだ。
 そして、このまま順と拓実の恋が成就すればただの安っぽい”上辺だけ”の成長ドラマになってしまうが、本作はそこにもリアリティを持たせている。テーマが堅確に発せられていて感心させられた。

 ちなみに、成長というテーマは、もう一人の主要キャラ大樹からも読み取れる。彼も自分と周囲の関係を見つめ直しながら新しい自分を発見していく。サイド・ストーリーということで、そこまで突っ込んで描かれるわけではないので、カタルシスは薄みだが、これがあることでドラマに幅が出ている。

 ラストで少し意外な展開があるが、これは製作サイドが気を利かせたサービスだろう。順の成長という着地点だけで終わらせてしまったら、今回のドラマはかなり後味が悪くなってしまっただろう。そこでこのようなオチを用意したのかもしれない。賛否あるかもしれないが、そこまで目配りしたスタッフの気遣いには感心するほかない。

 演出はアニメーションならではのファンタジックな表現を取り入れつつ、各キャラの心理描写に関しては細心の注意を払いながらディティールとリアリズムが追求されている。作画的に少し気になる部分はあったものの、これも大画面で見ればである。おそらくテレビサイズではそこまでは気にならないだろう。また、一部で順の小動物的な萌えリアクションがあるが、これにはそこまでの嫌らしさは感じず、むしろ可愛らしく思えた。

 一方で小道具の使い方も中々上手く、特に携帯でのラインのやり取りなどは画面上に上手く幅を持たせていた。言葉を発せない順のコミュニケーション・ツールとして、今回は携帯が大活躍している。しかもガラケーである。おそらく彼女の家の経済的な事情なのだろう。そんな所にも本作は細かく気を使って設定されている。

 時制を前後させた演出が、劇中に2度登場してくるが、これに関しては成功している面と失敗してる面があると思った。まず1度目は順が拓実の家から帰るシーンである。バスの車内とバス停をカットバックで構成しているが、余り効果的には思えなかった。むしろ混乱しかねない。
 逆に、クライマックスの時制の交錯は”技アリ”である。展開の流れが途切れることなくドラマチックな見せ場を作り上げていた。

 また、今回は音楽がドラマを盛り上げる上で非常に重要な役割を果たしている。「オーバー・ザ・レインボー」、「アラウンド・ザ・ワールド」といった「オズの魔法使」(1939米)や「80日間世界一周旅行」(1956米)でお馴染みのスタンダードナンバーから、ベートーヴェンの「悲愴」といったクラシックまで、誰もが一度は耳にしたことがある名曲ばかりが流れる。この中ではクライマックスでの「オーバー・ザ・レインボー」と「悲愴」の意外な使われ方が白眉だった。要は作り手はハッピーエンドとアンハッピーエンドをかけ合わせたかったのだろう。物事には明と暗がある。心の言葉と声に出して発する言葉がある。ハッピーエンドで大団円といきたがる所を二律背反で締めくくった所に今作のテーマ、つまり「成長には痛みが伴う」というメッセージが感じられた。

 一方、本作で少し残念に思った箇所もあった。
 一つは玉子の存在である。人は誰でも卵の殻を被り中々心の内を見せたがらないものである。そういう意味から、玉子というファンタジックにして直観的なメタファーを持ってきたのだろう。それは理解できる。”玉子”と”王子”という言葉遊びも面白いと思った。しかし、神社で祭られている玉子が担任教師の部屋にあり、それがきっかけで順と拓実に接点が生まれる‥という所に強引さを感じてしまう。何故あの部屋に玉子が置いてあったのだろうか?
 そして、この担任教師は時々全てを見透かしたような振る舞いをする。地域ふれあい交流会の実行委員のメンバーを選抜したのは彼だった。その出し物をミュージカルにしたのも彼だった。この教師は一体何者なのだろうか?普段はそれほど優秀な教育者といった風情は見せない。彼のキャラクターとしての造形に何らかの意図や裏設定でもあるのか?そんな邪推をしてしまった。

 もう一つ気になったことがある。それは順の母親の冷淡さである。彼女の気持ちを察すれば確かに気の毒に思うが、それにしたって地域ふれあい交流会で自分の期待を裏切られたからといって「やっぱりダメな娘」と一蹴するは如何なものだろう?その前段、車中のシーンで彼女は順にこれまでの冷淡さを謝り、少しだけ心が通ったように見えた。だから、ここでは順を最後まで心配する母親であって欲しかった。終盤の母親の心情がチグハグに思えてしまったのは残念だった。
[ 2015/10/02 02:46 ] ジャンルアニメ | TB(0) | CM(0)

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