「花とアリス」の前日談。
ポニーキャニオン (2015-08-12)
売り上げランキング: 3,471
「花とアリス殺人事件」(2015日)
ジャンルアニメ・ジャンル青春ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 中学生の有栖川徹子(通称アリス)が両親の離婚を機に新しい中学校に転校する。彼女はそこである噂を耳にする。それは、自分が座っている席だったユダが4人のユダに殺された‥というなんとも謎めいた事件だった。アリスの家の隣には引きこもりの同級生ハナがいた。彼女が事件についてよく知っていると聞いたアリスは、早速ハナの家を訪ねるのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 2004年に製作された岩井俊二監督の青春ロマンス映画「花とアリス」(2004日)の前日談として描かれたロトスコープによるアニメーション作品。
岩井監督にとってはこれが初の長編アニメ作品となる。ちなみに、本作の直前に短編アニメのオムニバス作品も製作している。そちらもロトスコープが採用されていた。今にして思えば、あれが本作の試金石だったのだろう。まずは短編に挑戦してそれから本格的な長編を作る‥という考えが本人の中にあったのかもしれない。
いずれにせよ、岩井俊二監督がアニメを作るというのは少々意外だったが、作家として常に新しい分野に挑戦するという姿勢は良いことだと思う。彼は日本を離れて海外で活動したり、WEBで自作のオリジナル作品を公開したり、常に何か新しい試みをし続けている。こうした姿勢は他の映像作家たちにもぜひ見習ってほしい。
作品の全体的なトーンは、これまでの岩井俊二のカラー、そのままに反映されていると思った。実写であろうがアニメであろうが、この辺りは変わりはない。いわゆる透明感に溢れた映像、フォトジェニックな映像感性が実写では再現不可能なアニメならではの表現によって、更に推し進められている印象を持った。
また、本作はロトスコープ作品である。ロトスコープとは実写で撮影した上から絵をトレースして描くことで、アニメの動きがよりリアルに再現されるという特徴がある。そして、その一方で本作のキャラクターは元となる実写映像に捕われることなく実に表情豊かで、一部ではマンガチックで過度な表現すら出てくる。
本来であれば別の映像表現媒体である実写とアニメが、この「花とアリス殺人事件」では奇妙な形で融合し、それが作品全体の面白さに繋がっていると思った。
但し、ロトスコープを採用したアニメーションと言えば、先にテレビ放送された「惡の華」(2013日)という作品がある。アニメーションの技術としては「惡の華」の方が先鋭的であるし、また動きのリアルさや画面のクオリティという点でも今回の映像は見劣りしてしまう。聞けばこの「花とアリス殺人事件」は作画スタッフを公募していたらしく、いわゆる作画監修もプロの制作スタジオが行うのではなく、個々のスタッフにそれぞれ絵を描かせていたのだろう。シーンによって絵のタッチが異なる箇所があるのはそのためだと思う。全体的に作画に安定感がないのは残念だった。
物語の方は、序盤はミステリアスに進行して中々面白く追いかけることが出来た。しかし、中盤から少し中だるみしてしまう。アリスがユダの父親を尾行するエピソードが、事件その物に余り関係してこないのが原因である。これはサスペンスとして大きなマイナス点である。
後半からユダの父の存在など、どうでもよくなってきて、徐々に花とアリスの友情ドラマになっていく。結局ユダの殺人事件には、過去の因縁が絡んでいた‥というオチで、何だか肩透かしを食らった気分になってしまった。
正直、サスペンスとして見た場合、物語自体は余り面白くない。
ただ、おそらく岩井監督の中では、殺人事件そのものはドラマの取っ掛かりに過ぎず、本当に描きたかったのは後半から始まる花とアリスの友情ドラマ、それ自体だったのだろう。
実際、後半の二人の深夜のデート(?)などは非常に面白く見れて、こうやって「花とアリス」のドラマに繋がっていくのか‥と思うと、何だか感慨深く見ることが出来た。
キャストは「花とアリス」に出演していた、アリス役の蒼井優と花役の鈴木杏がそのまま声を当てている。どちらも好演していると思った。他のキャストもそのまま引き継がれている。
尚、途中でダレてしまったというユダの父親の尾行シーンは、黒澤明監督の名作
「生きる」(1952日)のオマージュだと思う。喫茶店で誕生日会をバックに会話をしたり、公園でブランコに乗ったり、「生きる」に出てきた一場面を彷彿とさせる。そうやって考えてみると、あの初老の男性の老い先は短いのかもしれない。