3人の男女が愛に翻弄される姿をシリアスに綴った群像ドラマ。
「恋人たち」(2015日)
ジャンルロマンス・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) アツシは3年前に最愛の妻を通り魔に殺された。深い喪失感を抱え、犯人への憎しみを抱えながら鬱屈した生活を送っている。平凡な主婦・瞳子はパートの仕事をしながら、愛のない夫と、ソリの合わない姑と3人暮らしを送っている。ある日、仕事先で出会った中年男に心惹かれていく。同性愛者のエリート弁護士・四ノ宮は、裁判の恨みをかって思わぬ怪我に見舞われてしまう。学生時代からの親友が見舞いに来てくれた。実は、四ノ宮は彼のことをずっと思い続けていた。
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(レビュー) 愛に翻弄される3人の男女をシリアスに綴った群像ロマンス。
監督・脚本は橋口亮輔。本作は
「ぐるりのこと。」(2008日)以来となる7年ぶりの長編作品である。寡作な作家ながら確かな演出力と鋭い人間観察眼が高く評価され、多くのファンから新作を待ち望まれている映画監督の一人である。
しかして、7年という長いブランクの後に作られた本作は、待ちに待ってた期待を大きく上回る出来となっていた。
まず、何と言ってもキャストが新鮮で素晴らしい。メインとなるアツシ、瞳子を演じるのは、橋口が開いたワークショップからオーディションで選出された新人俳優たちである。2人は橋口の前作「ゼンタイ」(2013日)というオムニバス作品にも出演していたということである(自分は未見)。四ノ宮を演じた俳優も劇団での演技経験はあるそうだが、経歴を見ればほぼ新人に近い。そんな”何の色にも染まっていない”彼らの熱演が、夫々のキャラクターに活き活きとした息吹を与えている。彼らの心中にすんなりと入ることが出来た。
一方で、橋口監督の演出も非常に堅実である。特に奇をてらうことをせず、端正にまとめ上げていると思った。基本的にはキャストの表情を正面から捉えながら感情の深部まで掘り下げようという、極めてリアル志向の強い演出を貫いている。時に息苦しいほどの臨場感を、人生のほろ苦さを、ときめきを鋭く描出している。唯一、極端なクローズアップ演出があったが、そこ以外はドキュメンタリータッチに沿った演出が施されている。
ストーリーも流麗に展開されていて感心させられた。今回は3人の男女の群像劇となっている。3つのエピソードは周縁で交錯することはあるが、基本的には夫々独立して展開される。普通であれば散漫になってもおかしくないが、今回は夫々のエピソードが「愛」というテーマで一つに結び付けられているので、全体的に”まとまり”感がある。
アツシは愛する者を奪われた喪の物語。瞳子は新しい愛を夢想する物語。四ノ宮は消えかけた愛を繋ぎとめようとする物語。彼らが追い求める物はいずれも「愛」だ。孤独の淵に佇む彼らが愛に翻弄される姿は正に人生の真実を捉えている。人は孤独である、それゆえ人を愛する。そのことを橋口監督は何の駆け引きも無しに真正面から捉えており、今作にかける氏の思いがビンビンと伝わってきた。
尚、橋口監督自身、自らゲイであることを公言している。そのことを併せ考えれば、四ノ宮のエピソードに個人的な思い入れが相当強く入っていることは想像に難くない。ここには同性愛に対する差別問題が登場し、氏の世間に対するシニシズムが見て取れる。
クライマックスはアツシ、瞳子、四ノ宮、三者の”告白”で大いに盛り上げられている。アツシは亡き妻の遺影に向って、瞳子は憧れの”王子様”に向って、四ノ宮は切れた携帯電話に向かって、夫々に愛する者に向って思いのたけを吐露する。その言葉は自分自身のこれまでの人生と向き合う行為であり、これからの人生宣言とも捉えられる。一つの決断を下して新しい人生を歩もうとする”決意”みたいなものが感じられた。これまでのドラマを集約するかのような彼らの心の叫びは、胸に迫るものがあった。
かくして三者三様、ラストはかすかな希望を灯して終わるのだが、エンディングでは自然と涙腺が緩んでしまった。主題歌も良い。
シリアスなドラマであることに違いはないが、随所にユーモアが配されているので、娯楽作としてもよく出来ていると思った。劇中で度々登場する『美女水』や、それで一儲けしようとする詐欺師の顛末、アツシの周辺人物の和気あいあいとした雰囲気は見ていて微笑ましかった。アツシを元気づけようとする女子社員のシーンも笑える。こうしたユーモアがあることで、これらの陰鬱なドラマは随分と救われている気がした。
また、アツシの困窮する生活事情に見られるように、本作は現代の格差社会を如実に反映しているように思った。先述した四ノ宮のエピソードにしてもそうだが、本作は非常に同時代的な作品と言っていいと思う。だからこそ、アツシ、瞳子、四ノ宮のことを身近の人間として感じられるのだろう。
本作で敢えて苦言を述べるとすれば、四ノ宮のラストであろうか。彼の涙は少々唐突に思えた。あの涙は未練の涙だったのか?はたまた過去との決別から来る涙だったのか?解釈に悩む所である。
それと、ラストに持って行くまでの作劇に少々甘さを覚えた。アツシは落ちる所まで落ち、地獄を見、過去を振り返るのではなく未来に向かって歩くことを決心した。しかし、彼をそのように変えた直接の”きっかけ”が見えてこない。あるとすれば彼と同じ会社の先輩との関係からそれを発見することができるが、しかし作劇的にはそれをクライマックスとの関わり合いで見せてはいない。世の中には落ちる所まで落ちてそのまま破滅してしまう人間もいる。このあたりは紙一重なわけだが、そういう観点からするとアツシの結末には少し安易さも覚えてしまう。もっとも、このロマンティズムに自分はまんまと涙させられてしまったわけだが‥。