鑑賞順は前後してしまったが、これこそオーディアールの傑作ではないだろうか?
Happinet(SB)(D) (2015-01-06)
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「君と歩く世界」(2012仏ベルギー)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 妻と別れて幼い息子を引き取ったアリは、仕事もないまま姉の家を訪ねた。そこでようやく警備員の仕事を見つけて人並みの生活を始める。そんなある夜、ナイトクラブで他の客とトラブルになっていた女性ステファニーを助ける。彼女は地元のマリンランドで働くシャチの調教師だった。しかし、彼女はショーの最中に事故に巻き込まれて両脚を失ってしまう。絶望にうちひしがれるステファニー。彼女はアリに連絡を取って慰めてもらう。2人は次第に惹かれ合っていくのだが…。
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(レビュー) 事故で両足を失った女性とシングルファザーの愛を感動的に描いたハードなロマンス作品。
監督・共同脚本はJ・オーディアール。同じく共同脚本を盟友トマ・ビデガンが書いている。二人はこれまでに
「預言者」(2009仏)、
「ディーパンの闘い」2015仏)でコンビを組んでいる。
そんな彼らの作品にしては、今回は珍しい原作物である。というか、今の所、オーディアールの作品で原作が付いているのは、本作と監督デビュー作である「天使が隣で眠る夜」(1994仏)だけである(未見)。おそらく、これはオーディアール自身のこだわりなのだと思う。彼は元々が脚本家出身なので、オリジナルの脚本に相当強いこだわりを持っているのだろう。
だから、今回の題材選びがどういう形で行われたのか非常に興味がある。原作に相当強く惹かれたのだろうか?調べてみた所、原作は短編らしい。
しかも、今回はこれまでのオーディアール映画とは180度異なる恋愛ドラマとなっている。彼の作品を全て見ているわけではないので断定はできないが、少なくとも彼の作家としての資質には確実に往年のフィルム・ノワール的趣向があるように思う。今回はそれとは全く異なるドラマとなっている。
オーディアールもすでにフランス映画界では中堅の域に達したベテラン監督である。ここらで少し傾向の違う物を‥という意欲が出たのかもしれない。
ただし、そうは言っても氏の資質は各所にちりばめられており、作品のトーン自体がまったく変わったわけではない。
例えば、アリが裸一貫で登り詰めていく賭けボクシングの世界には、いかにもオーディアールらしいハードボイルド趣向が感じられる。
また、アリとステファニーの愛憎は演者の熱演も相まってかなり激しく撮られている。こうした一つ一つのタフな演出を見ても、やはり本作はオーディアールにしか作れない”硬派”なメロドラマとなっていると感じる。決して”お上品”なメロドラマとはなっていない。
物語は実にシンプルに構成されている。
粗野で不器用なシングルファザーのアリと、両足を失い絶望の淵に立たされた女性ステファニー。2人は寂しさを紛らすように互いを求め合う。しかし、その幸せはいつまでも続かず‥という展開は、メロドラマとしては常道をいくような構成である。
ここには過去に見た「預言者」のような摩訶不思議な”現象”や「ディーパンの闘い」のようなジャンルを跨いだ展開もない。シンプルな分、おそらく多くの人が感情移入できるのではないだろうか。そういう意味では、彼の作品の中では最も取っつきやすい作品のように思う。
また、本作は単に2人の愛の軌跡を描いただけでなく、夫々が抱える苦悩と葛藤、そこからの成長がしっかりと描きこまれていて、そこにも見応えが感じられた。
アリは無職のダメ親父から改心し、ステファニーはそんな彼を支えながら更生の道を歩み始める。アリは子供から成人した男へ、ステファニーはビッチから母親へと見事に成長していくのだ。確かに出来すぎな個所もあるが、ラストカットのカタルシスだけで全てを許せてしまう。実に爽快で感動的なエンディングだった。
また、今回は映像トーンも、いつものオーディアール映画とは全く異なっている。これまでは、持ち前のフィルムノワールの世界観に合わせるかのような寒色トーンで埋め尽くされていた。しかし、今回は物語の舞台が陽光眩しい海辺の観光地である。必然的に暖色トーンが幅を利かせている。
特に、アリがステファニーを背負って初めて海に連れ出すシーンの美しさと言ったらない。開放感に溢れた映像が印象に残る。
キャスト陣の演技も素晴らしかった。
何と言っても、ステファニーを演じたM・コティヤールの熱演が印象的だった。CGで両足を消しているとはいえ、絶望に打ちひしがれた熱演は真に迫るものがあった。一方のアリ役の俳優も素晴らしい。あのオスカー女優コティヤールと堂々と渡り合っているのだから大したものである。