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ハッピーアワー

4人の女性が抱える問題をリアルに描いた群像ドラマ。長いがその長さに見合うだけの鑑賞感アリ。
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「ハッピーアワー」(2015日)star4.gif
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ)
 神戸在住のあかり、桜子、芙美、純は夫々に自分の家庭を抱えながら、共に余暇を過ごす親友同士である。ある日、4人は芙美が立ち上げたワークショップに参加する。楽しいひと時を過ごしたその夜、純の口から思わぬ秘密が明かされる。桜子はその秘密を知っていたが、知らされていなかったあかりは憤慨する。その後、4人は先だって計画した有馬温泉へ旅行に出かけるのだが‥。

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(レビュー)
 30代後半の4人の女性の生き様をリアルな会話劇と繊細な演出で描いた愛と友情のドラマ。

 上映時間5時間17分という長尺、全3部構成の大作である。但し、夫々のパートはキッチリと区分されているわけでなく、パートが終わる時に画面がフェードアウトし、次のパートが始まる時にはそこから再開される。おそらくだが、上映形式として3部構成になったが、監督の本意は5時間17分を一気に鑑賞してほしい、ということなのだろう。
 もっとも、一気に上映されたらそんなに集中して見てられないだろうし、現実問題として途中でトイレ休憩だって必要である。この上映形式はこれで仕方がないことである。

 主人公は30代後半の4人の女性たちである。
 あかりはバツイチの看護師。桜子は高校生の息子を抱える主婦。芙美は編集者の夫と二人暮らしのキャリア・ウーマン。純は夫と別居中の元主婦である。彼女たちは、休みが合えば時々集まって遊ぶ仲であるが、普段は様々な悩みを抱えながら生きている。
 あかりは仕事のストレスで疲弊している。桜子は家庭の事を完全に任せっきりの夫に不満を抱いている。また、難しい年頃の息子に”ある問題”が生じる。芙美は一見すると夫と幸せな暮らしを送っているように見えるが、実は夫と彼が担当する女性作家の仲を怪しんでいる。純は別居中の元夫の呪縛から解き放たれたくて訴訟を起こす。

 彼女たちは様々な問題を抱えながら、互いに寄り添い、時に口論しながら、固い絆で結ばれていく。女の友情は男のそれとは違うとよく聞くが、個人的にはそれは詭弁であると思う。個々の人間が築き上げる物なのだから、十人いれば十通りの友情が存在する。結局は人それぞれであるように思う。

 はた目から見れば、あかりたちの友情はとても理想的な物に見える。ただ、それも表面から見ただけでの感想であって、深く立ち入ってみれば実情はちょっと違う‥ということが分かってくる。その友情の綻びは、前半のワークショップの打ち上げの席で、純が”ある秘密”を告白したことから見え始めてくる。

 果たして、この友情の綻びは修復されるのか?夫々が抱えるプライベートの問題は解決するのか?
 この映画はそれを実に濃厚に、タップリと時間を使って描いて見せている。5時間を超える長尺ながら全く退屈することがなかったのは、まさに群像劇としての厚みがあるからだろう。女性の幸せ、生き方といったテーマを、様々な問題を通して懐深く描いた見事な大作だと思う。

 監督は濱口竜介。脚本は濱口をはじめとした”はたのこうぼう”という3人組のユニットで書いている。自分にとっては彼の作品は今回が初見である。演出的にはどちらかと言うとリアル志向といった印象で、大半の会話もかなり生々しく演出されている。

 例えば、ワークショップの打ち上げシーン。純の秘密を巡って展開される4人の立ち位置などは見てて非常に面白かった。桜子と純は10代の頃からの付き合いで他の二人は30代になってからの付き合いである。桜子は純のその秘密を知っていたと言うが、あかりたちはそれを知らなかった。あかりは秘密を打ち明けてくれなかった純に失望する。しかも、その秘密を赤の他人が揃う打ち上げの場で告白したものだから余計にあかりは傷つく。純の秘密を知っているかどうか。それがそのまま彼女たちの付き合いの長さに反映されていることが少しずつ明るみになってきて面白い。

 あるいは、芙美の他者に対する距離感と、あかりのそれとは大きく違うことも、彼女たちの会話の中から伺える。
 芙美の夫に対する真意をひけらかさない空疎な会話。あかりのズケズケと他人の心の内に踏み込んでいくラフな会話。いずれも二人の性格がよく出ていると思った。芙美は常に一歩引いて物事を客観視するタイプの女性で、あかりは自己主張が強い女性である。二人の会話から夫々の性格やバックストーリーがあれこれ想像できる。

 このように、この映画は一見すると淡々とした作品のように見えるが、実際には非常に濃密な会話劇で成り立った緊張感のあるスリリングな映画となっている。

 ただ、5時間を超える長尺なので、中にはかなり手持無沙汰に思えるシーンもあり、そこについては若干苦言を呈したい。

 まず、前半のワークショップなのだが、一体いつまでこれが続くのだろう?と痺れを切らすほど長く感じられた。
 確かに、ワークショップが示唆する「重心」や「中心線」が、人間関係を築く上でのキーワード、つまりその後のドラマに深く関わってくるキーワードであることは理解できる。また、「お腹の音」というのも、純のその後のドラマや、桜子の息子に関わる問題を示唆していることもよく分かる。しかし、そうだとしてもここまで延々と続くと流石に長ったらしい。

 もう一つは後半の小説の朗読会のシーンである。このシーンも、その小説を書いた女性作家の、芙美の夫に対する愛の告白を公にしているだけで、取り立てて延々と描くべきシーンでもなかったように思う。この辺りはもっと切り詰めることが出来たのではないだろうか?

 キャストは、驚くべきことに主要の4人は演技未経験の素人という事である。確かに映画の冒頭、4人がピクニックに出かけるシーンでは、どこかぎこちなく見えた。ただ、見進めていくと徐々に慣れていくと言うか、拙い演技に奇妙な味わいが感じられ、これがこのキャラの特徴なのだ‥と思えるようになった。
 また、他のサブキャラも非常に個性的な造形で、例えばワークショップの山師のような男、有馬温泉で出会う旅の女性、桜子の夫のぶっきらぼうな物言い、純の元夫の抑揚を押し殺した非人間的な喋り方等、夫々に魅力的であった。決して演技が上手いと言うわけではないし、不自然に映る場面もあるにはあるのだが、逆にそれがユーモアを生んでいるとも言える。
 5時間を超える長尺が、彼ら個性的なキャラクターが存在することで退屈しないものとなっていることは確かである。
[ 2016/06/02 01:54 ] ジャンル人間ドラマ | TB(0) | CM(0)

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