実に恐ろしい恋愛ドラマ。
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D) (2013-01-30)
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「白痴」(1951日)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 戦争のショックで白痴になった青年・亀田は、札幌へ帰る途中で無骨な男・赤間と出会い仲良くなる。赤間は有力政治家の妾・妙子に恋焦がれていた。亀田も彼女の写真を見て一目で心奪われた。一方、亀田の実家ではちょっとした騒ぎになっていた。亀田の父の遺産を親戚の大野が横領していたからである。大野は亀田の帰国に焦ったが、亀田本人は気にもかけず、家から少し離れた香山家に下宿させてもらうことにした。大野の妹・綾子はそんな亀田に心惹かれていく。
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(レビュー) ドストエフスキーの同名原作を黒澤明が監督した作品。
元々は4時間半あったが、松竹側からの要請で泣く泣く黒澤が約2時間近くカットして劇場公開されたという作品である。そのためか何となく性急な展開が散見される。おそらく黒澤本人も不満の残る作品だったのではないだろうか。「どうしても切るというなら、フィルムを縦に切る」とまで言って抵抗したそうである。
映画は二部構成になっている。前半は亀田と赤間、綾子と妙子、メインキャラ4人の出会いと別れを中心にしたドラマとなっている。後半は、それから数年後を舞台にした、世にも恐ろしい彼らの愛憎ドラマとなっている。
実は、自分も見てて少し理解しずらい部分があった。前半で人物関係が提示されているのだが、これがかなり複雑である。先述したように大幅にカットされたことによって、一部でナレーションで説明しているのだが、それでも縁故者がたくさん登場してくるので中々整理しづらい。それに、ナレーションだけでは、どうしても人物の深部までは表現しきれない。そのため、今一つドラマにのめり込むまでに至らなかった。本来であればここはナレーションで片付けるのではなく、きちんとストーリーの中で語るべきだったろう。先述したようにそれが叶わない事情にあったというのが残念でならない。
本作の見所は後半。亀田と赤間、妙子と綾子4人の男女の運命が”ある悲劇的事件”によって流転していく所にある。亀田と赤間が妙子と共に一夜を過ごすシーン。大変緊張感のあるシークエンスとなっていて、黒澤らしい熱度の高い演出力が堪能できる。
映画のタイトルにもなっている「白痴」とは、戦争の後遺症によって精神を崩壊させ、まるで子供に帰ってしまったかのような純真無垢な亀田のことを指しているように見える。しかし、このタイトルの真の意味は、このシーンにおける赤間の「白痴」化にこそ見ることが出来ると思う。一種異様な薄暗いトーンの中で展開されるので実に恐ろしく映った。豪放磊落な男をここまで変えてしまったものとは何なのか?それが「愛」だった‥という所に人生の皮肉を見てしまう。
キャストでは、亀田を演じた森雅之は少々作り過ぎな感じを受けたが、それ以外は概ね好演していると思った。赤間役の三船敏郎は相変わらずこういう役は敵役であるし、綾子役の久我美子も非常にチャーミングだった。そして、何と言っても妙子役の原節子である。ここでは小津作品では決して見せない魔性の女を演じて見せている。亀田と赤間、そして大野までをも魅了する、そのファム・ファタール振りは実に魅惑的であった。
「わが青春に悔なし」(1946日)もそうだったが、黒澤作品における彼女はまるで別人のように見えるから不思議である。他の作品のイメージを完全に払拭してしまっている。
尚、本作は、公開当時は散々な酷評だったらしい。本来の尺から大幅にカットされてしまったことによる弊害であろう。そして、原節子が演じる妙子のキャラクターが、その当時には大衆からまだそれほど好意的に受け入れられなかった‥というのも主な理由だったらしい。
黒澤明の演出も、先述した亀田たちが一夜を明かすシークエンスを除けばそれほど衝撃的と言うほどの物ではない。全体的に会話主体の舞台劇っぽいところがあるので、映画としてのカタルシスが余り見られないのが残念である。
ただ、映像的には所々に魅力的な物があり、例えば氷上スケートのシーンなどは非常に神秘的に撮られていて引き込まれた。