ここで庵野秀明監督の実写作品を。
キングレコード (2003-07-24)
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「ラブ&ポップ」(1998日)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 高校二年の裕美は、知佐・奈緒・千恵子たちと渋谷で援交をしていた。渋谷の街をぶらつくだけですぐにオヤジ達に声をかけられ、食事をするだけで万の金が貰えた。ただ、裕美はこれまで一人で援交したことはなくいつも誰かについていくだけだった。そんなある日、裕美は奈緒から携帯電話を託される。それは援交相手のオヤジの忘れ物だった。裕美はそれを使って伝言ダイヤルに電話をかけるのだが‥。
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(レビュー) 援交少女たちの日常を奔放な映像スタイルで綴った青春映画。
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で一世を風靡した庵野秀明監督が初めて撮った長編実写映画である。原作は村上龍の同名小説。
なぜに庵野監督がこの原作を撮ることになったのか?その動機や経緯は分からないが、大の特撮・アニメマニアとして知られる氏が、こうした題材で映画を撮ることがちょっと意外だった。
ただ、彼の代表作である「エヴァンゲリオン」はSF物でありながら、その実ストーリーの根幹には少年の成長物語がはっきりと息づいており、思春期特有のエロスとタナトスとでも言おうか。その相克がもたらす破滅の美が独特のケレンミで表現されていた。少なくともTV版と、そこから続く旧エヴァ劇場版に関しては、そういう解釈の仕方が出来る。
そこから考えると、庵野監督が同時代的なリアルな少女たちの青春を描こうとしたことは何となく頷ける。「エヴァンゲリオン」を見ている身としては、今回の「ラブ&ポップ」も、同じ青春ドラマとして興味深く見ることが出来た。
もっとも、氏にとって初の長編実写となる本作、監督自身の意欲と野心がかなり悪い方向に溢れてしまっている‥という印象を持った。庵野作品の特徴の一つと言えば、偏執的な画面作りである。それが今回は度を過ぎて追及されており、異様な作風が貫通されている。見る人によってかなり好みが分かれそうな作品であり、正直な所、自分もこの映像世界には途中から辟易としてしまった。
まず、何と言ってもカメラワークが斬新すぎる。デジタルカメラの機動性を活かしながらドキュメンタリータッチで撮られている。場面によっては効果を上げている個所もあるのだが、逆にそれによって見辛くなっている個所もある。
例えば、渋谷の街を自由に闊歩する裕美たちの姿は非常に活き活きと撮られていて成功していると思う。それは渋谷という街が彼女たちの「非日常」を意味しているからである。「ハレ」と「ケ」で言えば渋谷は「ハレ」である。シュールな魚眼レンズも「非日常性」を際立たせるのに奏功している。
逆に、裕美の家庭描写は「ハレ」と「ケ」で言えば「ケ」である。退屈で平凡な家族とのやり取り、シャワーを浴びて寝るだけの場所という「日常」の世界である。ここはシュールに撮影してはダメだろう。渋谷の「非日常」との対位性を考えても抑制すべきである。
裕美が着替えるシーンで、わざわざシャツの中から撮る映像など邪魔なだけである。他にも、扇風機や電子レンジの中からのアングル、部屋の天井をぐるぐる回るカメラワーク等、余りにも映像が凝り過ぎて鼻に付く。
学校の描写も然り。スタイリッシュなオブジェを背景にしたシーンが出てくるが、これなども悪戯に凝り過ぎである。
総じて画面が目まぐるしく変わり、尚且つ庵野流編集で短いカッティングが横溢するため、全体的にメリハリがない。音楽のPVや短編映画であれば、それもいいだろう。しかし、120分の長編で全編これをやられると疲れてしまうだけである。第一に抑揚がない。全体に同じタイミング、編集なので、見る側の脳裏に焼き付くようなショットを生み出すに至ってない。これは非常に勿体ないと思った。
それでも敢えて印象的なショットを挙げるとすればエンドクレジットである。この長回しは裕美たちの心情を雄弁に語っていて印象に残った。
ちなみに、カメラのレンズにゴミが付いているショットも見つかった。これなどは、とてもプロの仕事とは思えないミスである。
色々と技術的な面で苦言を呈してしまったが、ドラマそのものは中々面白く見ることが出来た。
まず、出てくるオヤジ達が変態ばかりで、このあたりはアニメ出身の庵野監督ならではのデフォルメ感覚で面白いと思った。リアルな援交とはもっと平凡なオヤジがやっていたりするものである。しかし、ここに登場するオヤジ達は皆ユーモラスで、ヘンに淫靡にならないで済んでいる。このあたりのマンガ的な表現は絶妙にして好印象だった。
特に、マスカットを持ち歩くオヤジや、レンタルビデオ屋で悪戯を強要する青年などは、かなり面白く見れた。
そして、こうしたデフォルメ・トーンの中でも、本作は主人公・裕美の心情はきちんとリアルに表現できていると思った。彼女の孤独感、日常から脱したいという不満、友達から置いて行かれたくないと言う焦り。そうした思春期特有の葛藤は手に取るように伝わってきた。
確かに一つ一つのエピソードは断片的で食い足りない。しかし、全てが裕美を中心としているので彼女の心情を自然にトレースすることができる。特に、指輪の件以降、全体の物語にも裕美の心情にも”芯”が生まれてくる。
もっとも、援交を通して性的トラウマを植え付けられてしまうあたりから、この映画はかなりダウナー方面へ向かってしまうので、個人的には余り乗れなかったが‥。先述したエンドクレジットが少しだけその苦みを和らげてくれるから良いようなものの、あのまま終わっていたら、この映画はかなり救いがない映画になっていたことだろう。
キャストでは、千恵子役の仲間由紀恵が印象に残った。他の3人に比べると少し大人びた雰囲気を醸しており、頭一つ抜きんでている。他の3人は本作が映画デビュー作ということである。演技自体は目を見張るようなものは無いが、夫々に個性をはっきりと出していたのは良かったと思う。