ある一人のストリート・ミュージシャンを追ったドキュメンタリー。
「ドコニモイケナイ」(2011日)
ジャンルドキュメタリー・ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 歌手を夢見て上京した一人の少女の姿を捉えたドキュメンタリー映画。
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(レビュー) 渋谷でストリートミュージシャンをしている吉村妃里という女性を追ったドキュメンタリー作品。
都会に憧れてやって来た若者の青春の光と影‥と言えば、よくある話だが、今作は正真正銘、リアルなドキュメンタリーである。
映画は10年前の渋谷から始まり、ラストはその9年後、紀里の故郷・佐賀で終わる。夢を抱いて都会に出たはいいものの、厳しい現実に挫折し、挙句の果てに総合失調症に陥り最後は田舎に戻る‥という何ともやるせない思いにさせられる映画だが、これが現実‥という思いが湧きおこった。果たして紀里の今後はどうなるのだろうか?これからどんな人生を歩んでいくのだろうか?タイトルの「ドコニモイケナイ」の意味が反芻される。
本作は一人の女性を追ったドキュメンタリー映画で至極プライベートな作品である。しかし、秘められたメッセージは存外普遍的だと思う。若者の閉塞感はいつの世にも存在するものであるし、小さな世界から抜け出そうともがき苦しむ彼女の姿は誰が見ても共感を覚えられるだろう。
映画前半の妃里の笑顔は実に屈託なく輝いている。夢に向かって進もうというポジティヴな姿勢。未来を切り開いていこうという若々しいエネルギーに溢れている。それが後半に入ってくると完全に失われてしまう。誰が彼女をこのように変えてしまったのか?彼女自身の未熟さなのか?あるいは彼女の夢を打ち砕いてしまったプロダクションなのか?あるいは紀里と共同生活をするようになった友人の影響なのか?原因はハッキリと分からない。
しかし、このハッキリとしない部分が心に引っ掛かり、このドラマを考察する上での重要なマテリアルになっている。更に、作品に生々しさを与えている大きな要因にもなっている。
いずれにせよ、後半の妃里は目がうつろになり、奇行が目立ち始める。最初の頃の輝いた瞳は完全に曇ってしまう。
クライマックス、映画は9年後に飛び、現在の妃里の姿を捉えていく。紀里の精神は幾分安定しているように見えた。しかし、いまだあの頃の輝いた瞳は取り戻していない。
普通の映画であれば、ここで彼女が病気を克服して新しい夢に向かって羽ばたいていく‥となろうが、本作はリアルな現実を描いたドキュメンタリー映画である。感動を売りにした作り手側の見え透いたドラマは一切存在しない。徹底してリアルな青春が息づいているだけである。
ドキュメンタリー映画の真価は、如何に観客を現実に直視させるか‥という所にある。そういう意味では、本作は極めて真摯に作られた作品のように思う。嘘や偽りのない現実をきちんと照射している所に好感が持てる。
監督はこれが初長編の新人監督らしい。最初は妃里のストリート・ミュージシャンとしての姿をカメラに収めようとしたが、彼女が総合失調症で緊急入院したことから撮影が未完のまま頓挫してしまったらしい。しかし、監督はこのままで終わらせるわけにはいかない‥という思いで9年ぶりに製作を再開したということである。言わば、本作は足かけ10年にも及ぶかなりの労作である。これだけの熱意で作品を作り上げた所に、作家としての使命感みたいなものが感じられた。
尚、個人的に最も印象に残ったのは、プロダクションから解雇通告された妃里が、その帰路でボロボロと泣き出すシーンだった。どんなに悔しかったのだろうか‥。見てて実に不憫だった。