落ちぶれた元ボクサーの再起をかけた戦いが胸を打つ。
「サウスポー」(2015米)
ジャンルスポーツ・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 闘争心を剥き出しにしたファイティング・スタイルで絶大な人気を誇る無敗の世界ライトヘビー級チャンピオン、ビリー・ホープは愛する妻子と幸せの絶頂にいた。ある日、パーティ会場で新人ボクサーの挑発に激怒し乱闘騒動を起こす。その最中に妻が流れ弾に当たって命を落とした。失意のビリーは自暴自棄になり、全ての財産と愛する娘を手放すことになってしまう。このままでは終われない‥そう思ったビリーは奇跡のカムバックを目指して小さなジムを訪れるのだが‥。
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(レビュー) チャンピオンの座から転落したボクサーが再起をかけて立ち上がる感動のヒューマン・ドラマ。
ストーリーは存外シンプルで先の読める展開だが、実に手堅く作られていて安心して見ることが出来る。そもそも自分はこの手の”失った物を取り戻す”というドラマが大好きである。ある意味で非常にベタで古典的なドラマだが、ベタだからこそ多くの人々の共感を得られるということもある。本作はその好例のように思う。
自分はこの映画をボクシング映画として面白く見たが、同時に家族のドラマとしても非常に興味深く見ることが出来た。何と言っても、ビリーと彼の娘の関係が良い。
ベルトを失ったビリーは自暴自棄になり、妻を殺した相手に復讐しようと銃を手にする。しかし、実際には引き金を引けず、そのまま無気力で怠惰な生活に落ちぶれてしまう。そして、今までの贅沢三昧の暮らしがたたり借金が膨らみ、ついに車で事故を起こして入院してしまう。裁判所は彼に育児能力がないと判断して娘を施設に入れてしまう。こうして愛する父娘は離れ離れになる。
今まで裕福な暮らしを送ってきた娘にとって、施設での暮らしはいかに不自由で寂しいものだったろう‥。映像としては出てこないが、幼いながらも彼女は彼女なりに苦しんだと思う。そして、そこでの生活は、おそらく彼女を”甘えん坊”のお嬢ちゃんから一回りも二回りも成長させたに違いない。
そう思わせるのは後半、施設に面会に来たビリーに何発も平手打ちをするシーンだ。ここでの彼女などは、完全に亡き母の代わりをしているように見えた。ダメな父親に目を覚ましてほしい。自分をここから出して欲しい。そんな願い、憤りが込められている。
自分はこのシーンで思わず涙腺が決壊してしまった。幼い娘が父を成長させ、そして自分も成長する。親子の情愛がドラマチックに描かれていて感動的だった。
クライマックスとなるファイト・シーンもよく出来ていると思った。どん底から這い上がるビリーの熱い闘志に自然と感情移入できた。
そして、ビリーの再起を影から支えるトレーナーも良いキャラクターをしていた。彼は、直情型のビリーのボクシング・スタイルに細かなテクニックを教授していく。はっきり言って、今までそんなことも知らないでよく世界王者になれたな‥と苦笑してしまったが、そこはそれ。一歩ずつ着実に練習を積み重ねていく2人の姿に確かな友情が感じられ、しみじみとさせられた。
全体を通してストーリーに色々と突っ込みを入れたくなるのは確かである。
例えば、一度引退したボクサーが、あんなに短期間でボクシング・スタイルを変えてタイトルマッチに挑戦できるのだろうか?ビリーの妻が射殺されたのは刑事事件として立件するのが筋ではないか?見終わった後にこうした疑問が残った。
ただ、本作はこれらの脚本上の弱さを演者の熱演と監督の演出力で補っており、悪い言い方をすれば強引に押し切った。良い言い方をすれば、まんまと作り手側の術中にハマった‥という感じである。
監督はA・フークア。氏の作品はこれまでに
「トレーニング デイ」(2001米)しか見てないが、自分の中では手堅くまとめる職人監督というイメージがある。そして、その印象は今回の作品を見ても変わらなかった。突出した作家性を持っているわけでも、得意にしているジャンルを持っているわけでもない。その代り彼はどんな作品でも一定以上のクオリティに仕上げる職人芸的な上手さを持っている。
次回作は黒澤明監督の時代劇「七人の侍」(1954日)をアメリカで翻案した「荒野の七人」(1960米)のリメイクということである。すでに北米ではスマッシュ・ヒットを記録しているが、こうしたビッグ・バジェットの映画を任されるのだから、その手腕はかなり信用されているのだろう。今後も要注目である。
キャストでは
「ナイトクローラー」(2014米)の怪演が記憶に新しいJ・ギレンホールが目を引いた。極限まで鍛え上げた肉体を披露しながらルーザーの再起を情熱的に演じている。
また、トレーナー役を演じたF・ウィテカーも渋い好演を見せている。彼のバックストーリーについては不明な点が多く、色々と想像を掻き立てられた。
尚、音楽監督は昨年惜しまれつつ他界したJ・ホーナーが担当している。本作が彼の遺作となる。