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ハドソン川の奇跡

この巧みな語り口にはイーストウッドの余裕が感じられる。
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「ハドソン川の奇跡」(2016米)星3
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ)
 2009年1月15日。乗客155人を乗せた旅客機が、鳥の群れと衝突してエンジン故障に見舞われハドソン川に不時着した。乗客は全員無事でサリー機長は多くの人々から讃えられた。しかし、世間の称賛とは裏腹に、彼は国家運輸安全委員会から厳しい追及を受けるようになる。

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(レビュー)
 この航空機事故は”ハドソン川の奇跡”と呼ばれて日本でも大々的に報道されたので知ってる人も多いと思う。幸いにも乗員の命は全員無事で、あの狭いハドソン川に見事に水上着陸を成功させた機長のサリー・サレンバーガーは一躍時の人となった。この映画はそのサリーを巡るドラマである。

 サリーを演じたのはT・ハンクス。以前紹介した「キャプテン・フィリップス」(2013米)では、ソマリアの海賊に立ち向かう貨物輸送船の船長を熱演していた。派手なアクション映画ではなかったが、正義感溢れるヒーローを情熱タップリに演じ、まさに彼にしか造れない人間味あふれるキャラクターになっていた。
 今回のサリーも、ある意味ではこれと共通するキャラクター性を持っている。

 サリーはアメリカ映画にありがちなマッチョなヒーローではない。過去にトラウマを抱え、自分の行動にどこか自信を持てない心の弱い人間として描かれている。いわゆる我々とそれほど変わらない等身大のヒーローとして造形されているのだ。
 トム・ハンクスの演技は少々一本調子すぎるきらいもあるが、サリーの葛藤は観ているこちら側に十分伝わってきた。このあたりはさすがに名優だけあって実に堅実に演じている。

 監督は老いて益々絶好調なC・イーストウッド。今回は幾ばくか肩の力を抜いて作っているような気がした。

 全体の上映時間が90分強と、これまでの氏の作品に比べるとかなりコンパクトにまとめられている。ドラマを必要以上に膨らませずストレートにメッセージを発することに注力したシナリオが奏功し、前作「アメリカン・スナイパー」(2014米)のような重苦しさは無く、大変見やすい作品となっている。実話のドラマをここまで軽やかに料理した所にベテランの上手さを感じた。もはや巨匠としての余裕すら感じられる。

 最も印象に残ったのは、やはり事故を描いたパニック・シーンである。昨今の派手なCGIからすればゴージャス感に欠けるが、そこはそれ。リアルリティを意識してのことだろう。パニックに陥る機内風景、サリーと管制塔の緊迫したやり取り、救出に向かう人々の勇敢な姿だけでスペクタクル感を見事に盛り上げている。事故そのものは報道で知っていたが、実際にはこんなことがあったのか‥と興味深く見ることが出来た。

 また、本作には事故のシーンが回想、悪夢という形で度々登場してくる。この反復演出が、監督としてのイーストウッドの一つの”極み”ではないかと感じた。
 というのも、反復される事故の風景は、全て同じではなく少しずつ違うのだ。その違いを確かめながら見ていくと、この映画はミステリの手本のように作られていることに気付かされる。

 まず、最初の事故のシーンはサリーの夢の中で再現される。自分の判断ミスで旅客機がニューヨークの高層ビルに激突するという大変ショッキングなシーンであるが、これは誰が見ても2001年9月11日起こった同時多発テロの悪夢と重なるだろう。当時の多くの人々の心の中には、9.11のトラウマが依然として残っていた‥ということを表しているかのようである。

 その次はサリーがニュース映像を見ながら事故当時を振り返る回想シーンとして描かれる。ここでは、旅客機が離陸して事故に遭遇し、ハドソン川に着水して乗客たちが全員救出されるまでを描いている。すなわち、事故の全貌がここで一旦明らかにされるのだ。ただし、様々なシーンが断片的に繋がって描かれるため、実際にサリーがコクピットの中でどういう経過をたどって水上着陸することになったのか、その詳細は分からない。国家運輸安全委員会で問題になっているのはそこであり、この映画を見ている観客が最も知りたいのもそこである。しかし、映画はこの時点ではまだそれを伏せている。

 そして、最後に反復される事故のシーン。これは公聴会の席で再現される。事故当時の状況を記録したボイスレコーダーが発見され、その音声が傍聴人全員に公開されるのだ。観客が一番知りたかった肝心な部分、サリーの判断は正しかったのか?それともリスクを犯した冒険だったのか?それがこの音声記録からハッキリと分かる。
 ここでは、事故が発生してから不時着するまでの約3分間を、サリーの視点で(ボイスレコーダーに合わせた再現映像という形で)描写されている。要するに、事故当時のサリーの行動をリアルタイムで観客に追体験させることで、彼の判断はプロフェッショナルとして間違っていなかった‥ということがよく分かる仕組みになっているのだ。

 このように本作は事故のシーンを三段構成(実際にはもう一回だけサリーが見る夢として登場するが)で表現しているのだが、反復されるたびに事故の真実に迫っていく所が上手い。これはミステリとして実に良く出来た構成だと思う。

 更に言えば、このクライマックスは、冒頭に出てきた悪夢に対する”救い”にもなっている所が上手い。サリーの判断が間違っていなかったということが公然に証明されたことで、多くのアメリカ人が抱えている9.11のトラウマが払拭された‥というカタルシスに繋がっている。クライマックスが冒頭に繋がるというこの構成は、まったくもって見事と言うほかない。

 ちなみに、本作は極めてシリアスな人間ドラマであるが、要所に”粋”なユーモアが配されている。このあたりの硬軟自在なトーンの切り替えにもイーストウッドの上手さが感じられた。

 例えば、乗客のサブ・ストーリーを掻い摘むことで航空パニック映画的な面白さを追求したり、サリーと常に帯同する副機長がちょっとしたジョークを飛ばしたり、細かなユーモアが各所に配されている。いくら全員助かったとはいえ、普通であればシリアスな事故なのだから笑いなど言語道断。生真面目な監督であれば、ひたすら重苦しいトーンで描くところを、敢えてイーストウッドはユーモアを挟みながら仕上げている。これも巨匠としての余裕だろう。

 尚、副機長の最後のセリフ「7月で‥」には思わず笑ってしまった。この言葉は実際に副機長が言った言葉らしい。こうしてみると副機長を演じたA・エッカートも中々に良い。
[ 2016/10/16 01:01 ] ジャンル人間ドラマ | TB(0) | CM(0)

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