第一次世界大戦から100年後の高級ホテルを舞台にした群像サスペンス。
「サラエヴォの銃声」(2016仏ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)
ジャンルサスペンス・ジャンル社会派
(あらすじ) 第一次世界大戦の開戦から100年、その発端の地となったサラエヴォで記念式典が行われようとしていた。ホテル・ヨーロッパでは式典に出席する要人が準備に取りかかっていた。屋上ではジャーナリストが事件とサラエヴォの歴史についてインタビューを行っていた。そんなホテル・ヨーロッパは今や倒産寸前にあり、従業員たちは給料の未払いを理由にストライキを画策していた。そんな中、ただ一人フロント係のラミアだけは健気に働くのだった。
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(レビュー) 第一次世界大戦の式典を目前に控えた高級ホテルを舞台に、様々な人物が交錯する群像サスペンス。
まずこの映画を観る前に第一次世界大戦の発端となったサラエヴォ事件について、ある程度事実を把握しておいた方が良いだろう。劇中で女性ジャーナリストが歴史家達に事件の成否や概要をインタビューしているのでそれを見ていれば大体は分かるが、事件そのものがどうして起こったのかは詳しく語られていない。
事件当時、ボスニア・ヘルツェゴヴィナはオーストリア・ハンガリー帝国に併合されていた。しかし、ボスニアの中にはオーストリアに不満を持っていたセルビア人がいて、彼らは青年ボスニア党を結成してナショナリズムに傾倒した活動していた。そんな彼らの怒りがこの事件を引き起こしてしまう。1914年6月28日、サラエヴォを視察中だったオーストリア皇太子が青年ボスニア党のガヴリロ・プリンツィプによって暗殺される。オーストリアはセルビア政府に宣戦布告し、やがてこれがヨーロッパ全体を巻き込む第一次世界大戦へと発展していった。
今回の物語にはこのサラエヴォ事件が大いに関係している。
例えば、インタビューを受けるセルビア人青年の名前はガヴリロ・プリンツィプという。そう、サラエヴォ事件を引き起こした犯人と同じ名前である。彼は言う。ガヴリロは英雄だった‥と。
映画のクライマックスで彼は数奇な運命を辿るが、これはサラエヴォ事件の歴史的重さを知っていると実に皮肉的に見える。運命の悪戯とでも言おうか‥。戦争の歴史を繰り返してはいけない‥という製作サイドの崇高なメッセージも感じ取れる。
また、ボスニア・ヘルツェゴヴィナにはボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人という3つの民族が共存している。彼らは過去にボスニア紛争で敵対していたことがあり、その遺恨が未だに拭いきれていない。現在でも一つの国の中で対立しあっている状況なのだ。
中でもセルビア人は人口も少なく他の民族よりも貧しい生活を強いられている。このあたりは
「サラエボの花」(2006ボスニア・ヘルツェゴヴィナオーストリア独クロアチア)を観るとよく分かる。経済格差が厳然と存在している。
今回の物語では、ホテルの支配人と従業員の対立ドラマが描かれている。従業員は給料を2カ月も払ってもらえずストライキを計画していて、支配人はそれを暴力で抑え込もうとしている。そして、その犠牲となるのが本作のヒロイン、ラミアである。彼女は周囲のストライキの声に耳を貸さずひたすら従順に支配人の命令に従っているのだが、最後に可哀そうな運命を辿る。
本作には、こうしたホテル内のゴタゴタを通して、下層労働者の実態、貧富の格差が描かれている。厳しい生活を強いられている一部のセルビア人の苦しみ、悲しみが投影されているのだ。現在のボスニア・ヘルツェゴヴィナの経済状況がよく分かるドラマとなっている。
監督・脚本はD・タノヴィッチ。彼はボスニア紛争でカメラマンとして従軍していたことがあり、その経験が彼を映画作りへと向かわせた。
監督デビュー作である「ノー・マンズ・ランド」(2001仏伊ベルギー英スロヴェニア)は、そのボスニア紛争を題材にした戦争映画だった。鋭い眼差しと独特なユーモアで戦争の理不尽さを説いていた。
その後、ポーランドの映画作家K・キエシロフスキーの遺稿を元に
「美しき運命の傷痕」(2005仏伊ベルギー日本)というロマンス・サスペンスを撮っている。
しかし、今作を観て改めて思ったが、タノヴィッチはやはり基本的に辛辣な社会派作家だと思う。まるで今の混沌としたヨーロッパの状況を見据えたかのようなテーマに氏の問題意識の高さが伺える。第一次世界大戦以降辿ってきたボスニア・ヘルツェゴヴィナの歴史を踏まえながら、極めて現代的な社会問題を炙り出した手腕は見事というほかない。
また、語り口の上手さも相変わらず冴えていて、例えばクライマックスのクダリにそれを一番強く感じた。ここはホテルの屋上とフロント、二つのドラマが集約するカタルシスも相まって非常にスリリングに観れた。映画の上映時間はたったの90分弱。クライマックスに向けた一点集中のストーリー運びに唸らされる。
難は前半のインタビューのクダリだろうか‥。歴史的背景を説明するために用意されているのは分かるが、少々クドイという気がした。インタビューの相手は3人登場してくる。ガヴリロはその3人目となる。その前に出てくる二人は一人にまとめることが出来たように思った。ストーリーを理解する上では必要最低限な情報さえあればいいわけで、ここはいささか詳細に語り過ぎという感じがしなくもない。