タイのバンコクを舞台にした群像ドラマ。
「バンコクナイツ」(2016日仏タイラオス)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ) タイの首都バンコク。そこには流暢な日本語をしゃべるタイ人ホステス、通称“タニヤ嬢”を揃えた日本式クラブが軒を連ねていた。タニヤ嬢の一人ラックは日本人のヒモと高級マンションで暮らしながら、故郷の家族に仕送りを続けていた。ある日、彼女は昔の恋人オザワと5年ぶりに再会する。オザワは日本を捨てた元自衛隊員である。二人は再び惹かれ合っていくのだが…。
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(レビュー) タイの歓楽街を舞台にした人気娼婦ラックと元自衛隊員オザワの愛の物語。
タイの風俗、貧富の差、タイ人と日本人の関係、過去の戦争の歴史。様々な内容が詰め込まれたボリュームタップリ、上映時間3時間を超える大作である。
但し、メインのドラマはあくまでラックとオザワの恋愛ドラマであり、そこに注視すればもっとスッキリとした構成に出来たのではないかと思う。映画を魅力的に見せる素材として様々なテーマを盛り込むのは結構だが、余りにも欲張り過ぎて散漫になってしまったという印象だ。
例えば、ラックの故郷であるイーサン地方のエピソードは少々クドイという気がしなくもない。都市と地方の格差、そこに住む人々の純粋な生き方、それらを包み込む大自然の美しさといったものは十分に伝わってきた。ラックの出自を描くこのエピソードは確かに全体のドラマにとって必要不可欠なものだったと思う。
しかし、本来であればオザワは仕事でラオスへ行く予定だった。その途中で彼はラックに促される形でこの地方に立ち寄ったわけである。彼は最初はすぐにラオスへ出発する予定だったが、思わぬ形でそこに長居してしまう。のんびりとした暮らしぶりは観ててどこか癒される。しかし、自分はその先の話をもっと見てみたいと思った。ラオスに何があるのか?オザワの仕事はどうなるのか?そちらの方に興味が湧いてしまい、イーサン地方のドラマは少々長すぎると感じてしまった。
また、戦争の犠牲者が幽霊となって登場してくるエピソードがある。以前観たタイ映画で、アピチャッポン・ウィラーセタクンが監督した
「ブンミおじさんの森」(2010英タイ仏独スペイン)という作品がある。あそこにも幽霊が出てきて摩訶不思議な精神世界が展開されていたが、そこにはタイにおける陰惨な戦争の歴史が投影されていた。おそらくだが本作の幽霊はそれにインスパイアされたのだろう。確かにアイディアは面白いと思う。しかし、この幽霊は2度も登場する必要はあっただろうか?
本作には、こうした水増し的な展開が幾つか見られる。リアリティを追求するために敢えてそうしている節もあるが、しかし人物の葛藤が描かれているわけでもなくドラマがいたずらに停滞してしまっているのはいただけない。
そして、そうしたストーリーの緩慢さとは逆に中途半端のまま放棄されてしまっているエピソードがある。
オザワと元上官の関係がそうだ。オザワは彼の命令でラオスへ向かうのだが、結局まともな仕事も出来ずに戻ってくることになる。その後、二人の間にどんなやり取りが行われたのか映画では描かれていない。
また、ラックのヒモだった男は一時身の危険を感じて隠れるような暮らしを送っていた。しかし、彼もその後どうなったかは分からない。
本作は様々な人物が登場してくる群像劇となっている。娼婦の仕事を斡旋する男、オザワを”兄さん”と慕うポン引き、ラックの家族や友人や仕事仲間たち。拝金主義者や義理人情を重んじる者、日本の暮らしに絶望してタイに住処を移した元印刷工員等。混沌としたタイの夜の街を徘徊するヤクザたちの人間模様は物語をとても魅力的に語っている。しかし、余りにも風呂敷を拡げた結果、中途半端なまま終わってしまっているエピソードがあり、そこは観てて消化不良に感じてしまった。
本作を製作したのは独特のスタイルで映画作りを実践している映像製作集団「空族」。監督・脚本は富田克也。キャスト、スタッフ共に、いわゆるメジャーな人材を登用することなく自分たちで賄っているということだ。自分は未見だが前作「サウダーヂ」(2011日)はかなり話題となり都内ではロングラン上映された。
今作は構想10年、延べ2年に渡る現地リサーチをして撮影に取り掛かったという力作である。タイの夜の街並みや、イーサン地方ののどかな風景、ラオスの爆撃跡地等、ロケーションの素晴らしさは周到なリサーチの賜物だろう。また、タニヤ嬢たちの佇まいやイーサン地方の雄大な自然風景も現地でしか出せない味として強く印象に残った。
特に、村の青年が出家するシーンは映像も美しくて脳裏に焼き付いた。家族総出で派手な音楽を奏でながら青年を送り出していた。こうした各所の映像には感心させられる。
音楽ということで言えば、本作には現地の音楽が多数使用されており、そこも聴き応えがあった。タイの流行歌から古い民族音楽にいたるまで、はてはカラオケで日本語の歌も歌われる。中には”ガンジャ”の歌なんていうものまで出てきて驚かされた。劇中でタニア嬢たちが”アイス”という俗称で呼んでいたが、バンコクの風俗街ではドラッグが蔓延している。
キャスト陣は決して上手いとは思えなかったが、見ていくうちにそれも自然と慣れていった。先述した通りプロの俳優を起用しておらず、ほとんどがアマチュアで構成されているので止む無しである。オザワ役は監督自身が演じ、ラック役の女優は現地の歓楽街でスカウトしたということである。
尚、エンドクレジットでキャスト、スタッフが和気あいあいと撮影している風景がメイキング映像として流れるが、これは不要に思った。明快なコメディならまだしも本作はシリアスな人間ドラマである。全体のトーンから言ってもこれは場違いだろう。