非常に厳しい映画だがグイグイと引き込まれる。

「摩天楼を夢みて」(1992米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) その夜、ニューヨークの不動産会社ミッチ&マーレ社では、ノルマを達成できなかったセールスマンたちがやけ酒を飲んでいた。そこに本社から経営者がやって来る。成績不振の者は首にする、と最終通告を告げられ焦る一同。ベテラン社員レビーンは、なりふり構わず顧客巡りを始める。モスとジョージは、ある一計を案じた。絶妙なセールストークでトップの成績を収める若手のローマは、大きな契約をまとめる寸前までこぎつける。
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(レビュー) 窮地に追い詰められたセールスマンたちの奔走を緊密な構成で描いた辛辣な人間ドラマ。
不動産業界に限ったことではないが、セールス産業で大事なことは、いかにして質の良い顧客データを手に入れるか‥ということにかかっているような気がする。実際、本作でもそのことが繰り返し述べられており、だからこそ皆が金庫の中に入った優良顧客の情報を手に入れようと狙っている。しかし、それを手にすることが出来るのは過酷な競争を勝ち抜いた者だけである。富むものは富み、負け犬は一生負け犬のまま。正に弱肉強食の世界がそこには広がっている。
厳しい言い方かもしれないが、会社の側からしてみればこれは当然の話だろう。大切な顧客を任せられるのは、やはりローマのような優秀な社員だけである。反対に盛りの過ぎたレビーンのようなロートルは益々窓際へと追いやられてしまう。それが現実である。
見てて実に居たたまれない映画であるが、力のある会話主体の脚本。そして、夫々の人物を演じた個性派俳優たちの好演が功を奏し、極上のエンタテインメント作品に仕上がっている。
キャストは、J・レモン、A・パチーノ、E・ハリス、A・アーキン、K・スペイシー等、名優揃いである。本作は何と言っても、彼らの演技合戦が大きな見所となる。
中でも、退職寸前のベテラン社員レビーンを演じたJ・レモンの悲哀を帯びた演技は絶品だった。
彼はかつてトップ・セールスマンとして華々しい成績を上げたが、今ではすっかり落ちぶれて只の憐れな中年男に成り下がっている。特に、クライマックスでローマに自分の大手柄を自慢げに話して聞かせるシーンは、本作で一番の熱演だろう。その後に彼は残酷な運命に打ちひしがれるのだが、この時の絶望の表情も素晴らしい。人生の転落をここまでドラマチックに体現して見せた所に、彼の名優たる所以が再確認できる。
優秀な若手社員ローマを演じたA・パチーノも中々の好演を見せている。契約を取るためには顧客を騙すことを屁とも思わない”やり手”で、最初は少し嫌味な男に映る。しかし、後半で思わぬ形で足元を掬われ、彼もまた窮地に追い込まれてしまう。その時の表情を見ると、やはり彼も凡人だったのか‥と思えてくる。そこが人間臭くて良かった。
また、基本的に彼は誰に対しても尊大に振舞うが、レビーンだけは先輩として一目置いてるようで、そのあたりを含めた周囲との複雑な関係も見事に演じていたと思う。
モスを演じたE・ハリスの腹黒さ、ジョージを演じたA・アーキンの小心さも板についていて良かった。
そして、彼らの上司を演じたK・スペイシーの冷徹な演技も実にハマっていた。彼は
「モンスター上司」(2011米)でも嫌味な上役を演じていたが、その時の原型を本作に見ることが出来る。
原作はD・マメットが書いたピューリッツァ賞受賞の同名戯曲である。それを本人が脚本にしている。マメットと言えば数々の傑作を手掛けてきた名ライターで、代表作にS・ルメット監督&P・ニューマン主演の「評決」(1982米)や、ブライアン・デ・パルマが監督した暗黒映画「アンタッチャブル」(1987米)、政治の世界をスキャンダラスに描いた「ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ」(1997米)等がある。今回は戯曲ということで、ほぼシチュエーションが限定された会話劇なので派手さはないが、かなり密度の濃いドラマになっている。競争社会の非情さを時に荒々しく、時に繊細に、見事に”口撃”のエンタテインメント作品に仕上げている。
また、映画後半は金庫に眠る顧客リストが何者かに盗まれることでサスペンス寄りに展開されるようになっていく。その犯人探しもある程度察しはつくが、中々面白く観ることが出来た。
監督はJ・フォーリー。初見の監督だが演出は軽快で見てて心地よい。本作は夕刻から朝方にかけてのドラマである。そのため必然的に夜のシーンが大半を占めるのだが、フィルム・ノワール張りの渋いトーンで一貫した所が作品全体のムードをしっかりと支えていると思った。
ちなみに、K・スペイシー繋がりで言えば、彼が主演して話題を呼んだ海外ドラマ「ハウス・オブ・カード」(2013米)の演出も彼が担当している。
音楽監督はジェームズ・ニュートン・ハワード。彼は映画音楽のみならず、エルトン・ジョンとのコラボなど幅広い舞台で活動をしている。映画音楽家としてもこれまでに何度もオスカーにノミネートされている実力派で、今回は渋い映像にマッチしたジャズ寄りなスコアを提供している。これも作品全体の雰囲気作りに大きく寄与していて良かった。