警官たちのリアルな日常を描いた佳作。警官残酷物語。

「センチュリアン」(1972米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルアクション
(あらすじ) ロスの犯罪多発地帯に新人警官ロイが配属された。彼はこの道25年のベテラン警官キルビンスキーの相棒に抜擢され、日々事件と向き合いながら徐々に一人前の警官へと成長していく。しかし、仕事に明け暮れる生活から妻との関係は悪化し、私生活は破綻してしまう。そんなある日、ロイは強盗犯を追跡中に銃弾を受けて負傷してしまう。
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(レビュー) 一人の警官の成長を綴ったベストセラー小説をR・フライシャーが監督したハードなポリス・ストーリー。
原作者が元警官というだけあって、中々のリアリティを持った作品である。当時のロスの荒廃した街並みをドキュメンタルに活写しながら、個性豊かな警官たちのやり取りが味わい深く描かれている。決して派手なアクション・シーンがあるわけではないが、じっくりと腰を据えて作られた骨太な作品である。
新米警官ロイはベテラン警官キルビンスキーの元で一から仕事を覚えていく。映画前半はその過程がジックリと描かれ、いわゆるロイの成長ドラマとなっている。徐々に逞しい顔つきになっていくあたりが、よく考えて撮られていると思った。
一方、頼りになるベテラン警官キルビンスキーの人間味に溢れるキャラクターも大変魅力的だった。演じるのは名優ジョージ・C・スコット。厳つい面持ちから一見すると気難しそうに見えるが、案外人情味のある親分肌でロイの面倒をかいがいしく見ていく。人間味に溢れた造形を作り上げたスコットの好演が素晴らしい。
例えば、夜の街頭に立つ売春婦たちとすっかり顔馴染になった彼は、彼女たちを一斉に連行すると酒を振舞って解放してやる。最初は警官がこんな事して良いのか?と思ったが、これは彼の娼婦たちに対する親心なのだろう。安い金でこき使われる彼女たちに言葉ではなく態度で更生を示す。口は悪いが心根は優しい。そんな彼の魅力が出た良エピソードだった。
、
ロイはそんな先輩キルビンスキーを傍で見て、警官という仕事に誇りとやりがいを持っていく。
しかし、仕事は激務の連続で、帰宅するのは毎日夜明け前。帰ってきたらそのままベッドへ直行するという生活が続く。これには妻も愛想をつかし、ついに三行半を突き付けられる。そしてその直後、ロイは職務中に銃弾を浴びて倒れてしまう。
普通であればここで警官を辞めてもっと普通の仕事に就こう‥と考えるだろう。しかし、彼はそうしなかった。すでに警官という仕事を天職と思い、再び現場に復帰するのである。
本作は、ロイやキルビンスキーの他にも、様々な警官が登場してくる。
誤射によって無実の人間を殺めてしまった警官、定年まで残り僅かな日々を無事に乗り切ろうとする中年警官、成長したロイを先輩と慕う若い警官等、個性的なキャラが多数登場してくる。そして、彼らにも夫々の葛藤、ドラマがあり、ある種群像劇的な広がりを見せていくのが本作の面白い所である。
ただ、やはり個人的に一番印象に残ったのはキルビンスキーだった。
特に、彼のクライマックスで採った”ある選択”には衝撃を受けた。どうして?なぜ?という疑問符が脳裏を駆け巡った。余りにも悲しい選択で観てて居たたまれなかった。
思うに、彼の精神は長年孤独な戦いを続けてきたことによってすでにボロボロになっていたのだろう。そうなる前に辞めればいいじゃないか‥と言う人もいるかもしれない。しかし、彼はやめたくてもやめられなかったのだ。この街を守るという使命感が彼をここまで追い詰めてしまったのだと思う。
確かに警官の仕事は、市民の平和と安全を守るために不可欠な仕事である。しかし、ここまで精神を病んでまでする仕事だろうか?命を危険に晒した上に私生活まで破壊され、人生をボロボロにしてしまう仕事‥。身も蓋もない言い方になってしまうが、自分だったらとっくに放り出してしまうだろう。しかし、それでもキルビンスキーたちは誇りをもって仕事を続けた。首を垂れる思いである。
本作を観て、以前鑑賞した
「エンド・オブ・ウォッチ」(2012米)という作品を連想した。あれも正義感の強い警官たちが職務に熱中するあまり人生を台無しにしてしまうハードなドラマだった。警官とは実に過酷な仕事であると再認識させられる。
尚、映画のタイトルになっている「センチュリアン」とは、古代ローマの治安を担当する軍隊の名称である。俗に「100人隊」とも呼ばれ、選りすぐりの精鋭たちが隊を成していたということだ。キルビンスキーたちも正に現代の「センチュリアン」と言っていいだろう。映画を観終わってその呼称が相応しく感じられた。