少年の心の成長と大人達のサスペンス、ロマンスを見事に両立させた佳作。

「MUD マッド」(2012米)
ジャンル青春ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 14歳の少年エリスは、親友のネックボーンとミシシッピ川に浮かぶ小島へ探検に繰り出す。そこで2人は、怪しげな男マッドと遭遇する。マッドは愛する女性ジュニパーのために殺人を犯して追われており、この島で彼女が来るのを待っていると言う。それを聞いたエリスは、ジュニパーを探してマッドに引き合わせようとするのだが…。
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(レビュー) 思春期の少年がどこか危険な香りを漂わせたワケあり男と出会ったことで、自らも犯罪に巻き込まれていくサスペンス作品。
少年エリスは孤島にひっそりと暮らす素性の知らない男マッドに魅せられて、彼と恋人の再会を手助けすることにする。どうして彼がそこまで肩入れするかと言うと、それは彼自身の不遇な家庭環境に関係している。
彼の両親は完全に関係が冷め切っており、今や離婚寸前の状態にある。それを目の当たりにしているエリスは、愛というものを全く信じられなくなってしまっている。だからこそ、マッドとジェニパーには幸せになって欲しい‥と心から願うのである。
この辺りの心理は直接セリフとして表現されているわけではないが、ドラマの構成、あるいはマッドの父親トムに対するセリフから何となく想像できる。エリスの無垢なる思いは実に尊いもので、自分はそこに感情移入しながら終始面白く観ることが出来た。
ただ、現実とは時として非情なものである。エリスはジュニパーを見つけることができるが、肝心の彼女はマッドと復縁するつもりはないと言う。ここでエリスの希望は脆くも打ち砕かれてしまう。
映画は中盤から、マッドとジュニパーの関係を追うドラマになっていく。二人は過去にある事件を起こし、それによって会うことが出来ない状況に置かれていることが分かってくる。エリスはその事情を知り、再び愛に不信感を募らせ、両親の離婚と全く同じじゃないか‥と失望することになる。
愛に裏切られ、愛に失望する年端もいかない少年エリスの心情を察すると実に不憫でならない。大人達の身勝手な振る舞いによって純真無垢な心がズタズタに引き裂かれてしまう本ドラマは観てて非常に辛いものがある。ただ、この”厳しさ”は現実を真正面から捉えた証とも言える。
人は「現実」という壁にぶつかり、それを乗り越えることで大きく成長していくものである。エリスは愛とは裏切られるもの、愛とは失望するもの、愛とは流されるものであり人を傷つけるもの‥という「現実」を知った。その結果、彼は確実に大人の階段を一歩登ることができたように思う。この映画はその成長をしっかりと描いている。そこに普遍性が感じられる。
本作は、中盤からマッドとジュニパーを巡ってサスペンス色が強まっていくが、その一方でこうしたエリスの健気な思いと成長を描く青春ドラマが端正に組み上げられている。エンタテインメントと重厚なドラマが見事に噛み合っており、誰が見ても興味深く観れる良質な作品になっていると思う。
加えて、エリス本人にも淡い恋愛ドラマが用意されており、この結末も彼を大人へと成長させる重要なエピソードとなっている。年上の女性に憧れる少年の恋心‥と言えば、よくある話だが、このエピソードが加わることで、彼の成長は更に説得力が増したように思う。
そして、本作はラストも味わい深い。愛に裏切られ、傷つけられても尚、未来に向かって歩こうという前向きなメッセージで締め括られていて、作り手側の良心がひしひしと伝わってきた。後味悪く締めくくるのではなく、一筋の光明を期待させながら終わっているので、観終わっても嫌な感じが残らない。
監督・脚本は長編デビュー作
「テイク・シェルター」(2011米)で注目された新鋭ジェフ・ニコルズ。前作「テイク・シェルター」は現実と虚構が入り混じった不思議なテイストのSF映画だったが、今回はしっかりと地に足が付いたドラマを丁寧に紡いでいる。演出自体は前作よりもリアリティ志向に拠っていると感じた。
また、クライマックスでは、ささやかではあるがアクション・シーンも用意されており、ドラマを上手く盛り上げていると思った。この場面におけるトムの意外な活躍には興奮させられた。
ただ、一方でシチュエーション的に無理が目立つ場面もあり、シナリオ自体の完成度は決して芳しくはない。
例えば、ジュニパーが滞在するモーテルは、”ある事件”に関係する人物の監視の目が常に張り巡らされている。この人物はマッドとは敵対関係にある。そんな状況の中で彼はジュニパーに会いに行く。これはどう考えてもおかしい。全然監視の意味がないじゃないか、と突っ込んでしまいたくなった。更に、尾行されればマッドの居場所も敵にすぐにばれてしまうはずである。この辺りの雑な展開は何とかならなかったものか‥。
また後半で、エリスがマッドの元に急いでバイクを走らせるシーンがある。その走行中、彼は恋人の姿が目に入りバイクを止めて彼女の元へと駆け寄ってしまう。ここも首を傾げてしまいたくなる展開だった。急を要する場面でこの行動は普通に考えたらありえない。
キャストでは、エリスを演じたタイ・シェリダンの好演が目を引いた。彼はT・マリックの
「ツリー・オブ・ライフ」(2011米)で映画デビューを果たした子役である。本作で映画出演2作目にして初の主演という大躍進である。前作ではほとんど記憶に残らなかったが、本作では見事な好演を見せている。クレジットはマッドを演じたM・マコノヒーの方が上に出ているが、彼を食うほどの肝の据わった演技で今後が楽しみである。
尚、物語の舞台はアーカンソー州のミシシッピー川沿いである。同じ舞台で思い出されるのは、有名児童文学を元にしたテレビアニメ「トム・ソーヤの冒険」だ。実際、エリスとネックボーンはトムとハックルベリーに似たバディ関係である。また、マッドは木の上のボートに寝泊まりしており、これも「トム・ソーヤの冒険」ではお馴染みの秘密の隠れ家を連想させる。
そういうわけで自分は少年時代に戻って、本作のエリスのドラマを楽しむことが出来た。かつて子供だった大人が見れば、一抹の郷愁に浸りながら観れる上質な作品だと思う。