有名スタッフ、キャストが揃っているのにこれが未ソフト化とは信じられない。傑作。
「白と黒」(1963日)
ジャンルサスペンス・ジャンル社会派
(あらすじ) 弁護士会会長を務める宗方の自宅で、妻の靖江の絞殺体が発見される。警察は現場宅前で前科四犯の窃盗犯・脇田を逮捕した。落合検事が取り調べを担当し脇田は殺害を自供。これで事件は解決したかに思えた。ところが、脇田の弁護を宗方自身が務めることになり、彼の助手である浜野も弁護を担当することになった。宗像は元々、死刑廃止論者であり脇田が死刑にならないように力を注いでいく。ある夜、落合は浜野と事件について口論となる。落合はそのことが何故か気にかかった。こうして落合は再び事件を一から調べ上げていくのだが…。
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(レビュー) 殺人事件を巡って対峙する検事と弁護士が、やがてとんでもない運命に巻き込まれていくサスペンス・ミステリー。
橋本忍のオリジナル脚本を堀川弘通が監督。小林桂樹、仲代達矢といった名優たちが渦中の人物たちを熱演している。豪華な布陣だが何故かソフト化はされていない。
正直、序盤で犯人が浜野であることが早々に明かされてしまっているのでミステリとして見た場合はいささか物足りない。しかし、終盤でとんでもない”どんでん返し”が用意されており、最後まで惹きつけられる作品となっている。
橋本忍の脚本は持ち前の重厚さを前面に出しており、今回の事件に限らず物事をはっきりと白黒つけたがる人間の習性を暗に皮肉っている。実に鋭いメッセージに感じられた。
更にもう一つ。この物語からは、昨今何かと話題になっている検察の強引な取り調べに対する告発も伺えた。
この問題は周防正行監督の「それでもボクはやってない」(2007日)で一気に世間に知れ渡ることになったが、昔からこういう事はあった…ということがよく分かる。社会派作家・橋本忍の真骨頂を見た思いである。
映画は後半から、いよいよ事件の真相に迫っていくようになる。
それまでは弁護士の浜野の視点のドラマだったのが、検事・落合の視点にシフトし、さながら捕り物的な面白さで見る物をグイグイと引っ張っていく。尚、ここでは警視庁の平尾刑事も捜査に協力するようになり、彼の活躍も中々頼もしかった。
徐々に明るみになって行く被害者の身辺事情。それによって、脇田以外に真犯人がいるのではないか?という落合の推理。こうしたサスペンスが軽快な語り口で筆致されている。
落合が真犯人・浜野にたどり着く旅館のシーン。これには見入ってしまった。ここは追い詰める落合と追い詰められる浜野の緊張感に溢れた会話劇になっていて、ある意味では巧妙な心理戦にもなっている。脇田を犯人にしてしまった浜野の悔恨の念も入り混じるあたりが見てて辛い。
そして、この映画はここで浜野=犯人として解決するのではなく、先述したように”どんでん返し”が用意されている。観客は当然、映画冒頭で浜野が犯人であることを見せられているので、これで一件落着。脇田の冤罪も晴れてハッピーエンド、と思うだろう。しかし、事件はとんでもない方向に転がっていく。ここまで観客の心を巧みに翻弄してしまう橋本忍のシナリオ術には、参りましたと言うほかない。
ただ、苦言めいたことを書いてしまうが、この”どんでん返し”は、それまでの重厚なトーンを壊してしまうような所があり、どうかすると軽薄に映ってしまいかねない。これでは悲劇ではなく喜劇である。そして、ラストの新聞記事もインパクトはあったが、後味の悪さを残し、仮に白黒つけたがる人間の習性を皮肉るにしても、ここまで救いのないエンディングを見せる必要があったかどうか‥。そこはちょっとクド過ぎる‥と感じた。
落合役の小林桂樹を初め、キャストは夫々に好演している。小林はこうした生真面目な小市民をやらせると実によくハマる。例えば、”ぢ”持ちといったマイナスイメージや、満員の通勤バスの中でもみくちゃにされる姿など、愛すべきキャラクターを上手く作り上げている。
一方、浜野役の仲代達矢も好演している、ただ、こちらはトゥー・マッチな演技が幾つか見られる。例えば、追い詰められた時に見せる焦燥の表情などは、あからさま過ぎてサスペンスの醍醐味を失している。もっと”したたかさ”があっても良かったのではないだろうか。