結婚詐欺をする夫婦の物語。シリアスなドラマがら笑い所もあり、かなり楽しめる。

「夢売るふたり」(2012日)
ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ・ジャンルロマンス
(あらすじ) 貫也と里子夫婦は念願の小料理屋を開店し、いよいよこれからと言う時、火事で店を全焼させてしまう。一からやり直しをはかる里子に対して、貫也はすっかりやる気を失ってしまった。そんなある日、かつての店の常連客と再会した貫也は、思いがけず一夜を共にしてしまう。しかも彼女から同情され大金まで手渡された。里子はそんな貫也の浮気を怒りながらも、彼を利用して結婚詐欺することを思いつく。
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(レビュー) 全てを失った夫婦が結婚詐欺を繰り返していく様を、独特のユーモアとシニカルさで描いた作品。
監督・脚本は「ゆれる」(2001日)、
「ディア・ドクター」(2009日)の西川美和。人間の奥底に潜む悪心を独特のユーモアと卓越したストーリーテリングで炙り出すあたりは流石に上手い。今回はこれまで以上にユーモアに富んだ作りで、肩の力を抜きながら楽しめる娯楽作品になっている。
加えて、今回は結婚詐欺の被害者サイドのドラマも用意されており、さながら群像劇風な味付けも加味されている。そちらも面白く見ることが出来た。
例えば、2番目の被害者となるウェイトリフティングの女性選手のエピソードは切なくさせる。外見上はお世辞にも綺麗とは言えない太った彼女が騙されていく過程は、見てて実に居たたまれなかった。と同時に、そんな彼女を気の毒に思いつい同情してしまう貫也の人の良さ。二人の仲を嫉妬する里子の狭量さ。このあたりの関係性、心理状態を読み解いていくと非常に面白い。
里子には罪の意識は当然あろう。その証拠に、詐欺で騙し取った金はいつか返すつもりで貫也に借用書を書かせている。しかし、よくよく考えてみたら、結婚詐欺の被害にあった身からすれば、これは金だけで解決する問題ではない。心に大きな傷を受け、一生立ち直れないような精神的ダメージを受ける。
だから貫也はいつも相手に同情するし、こんなことを辞めたいと心の底では思っている。一方の里子は、それに気付いているが気付かないふりをしている。実に悪い女である。
このエピソードで里子は嫉妬に苦しむことになるが、それは詐欺を首謀したのだから当然の報いと言える。常に利己的で計算高い里子が珍しく心を乱すこのエピソードは、まさに天罰、ざまあみろ‥といった感じである。しかし同時に、冷徹で完璧な彼女も一人の”女”だったのだ‥ということが分かり、幾ばくかの親近感も湧いた。何とも不思議な感覚で里子を見ることが出来た。
4番目に登場するシングルマザーのエピソードも面白く観れた。ここで貫也はいよいよ罪の意識に苛まれ里子の前から姿を消す決心をする。そして、このシングルマザーの元に逃げ込むのだ。こうなると残された里子はどうするか‥ということだが、ここも里子の心理を読み解いていくと面白く観れる。
夫々のエピソードは微妙に交錯しており、このあたりの捌き方も絶妙だと思った。どの逸話も取りこぼすことなく、バランスよく配置してるあたりに西川のシナリオセンスが感じられる。「ディアドクター」はドラマの内容が少々歪な印象で個人的には今一つ乗り切れなったのだが、今回は全体的に綺麗にまとまっている。
ただ、唯一唐突に感じた個所もあって、シングルマザーのエピソードで起こる”ある殺傷事件”は流石に無理があると感じた。第一に伏線がないし、ストーリー的な必然性が余り感じられなかった。もっとスマートなやり方があったのではないだろうか‥。
スマートと言えば、セリフも一々スマートで良かった。映画ではよくあることだが、クドクドと内面を吐露されると一気に興醒めしてしまう。しかし、本作にはそういった説明台詞が一切ない。説明するにしても言葉は必要最小限に留められ、基本的には事象、映像で表現されている。
例えば、ラストのカモメなどは、貫也と里子の今後を想像させる良い”アイテム”の使い方である。これを見て、「あぁ‥やはりこの夫婦はどこまで行っても離れられない運命にあるのだなぁ」と、しみじみ思った。
キャストでは、里子を演じた松たか子の好演が素晴らしかった。コメディライクからシリアスまで、実に印象深い演技を披露している。特に、嫉妬に悶えて一人慰めるシーン。店の再建という重大な目標を達成するまでは子供を作らないという彼女が、さりげなくナプキンをつけるシーンが妙に生々しかった。
それと、ウェイトリフティングの選手役の女優もインパクトがあった。今回が映画初出演ということである。
また、男運の悪い風俗嬢を演じた安藤玉恵は見事なまでのハマりっぷりで、こういう役をやらせると本当に上手い。