戦後史を一人の女性の生き様と対比させて描いたドキュメンタリー。
「にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活」(1970日)
ジャンルドキュメンタリー・ジャンル社会派
(あらすじ) 横須賀に住むマダムの半生と戦後日本の風俗、世情を捉えたドキュメンタリー映画。
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(レビュー) 名匠・今村昌平が監督・脚本を務めたドキュメンタリー映画である。
映画は戦後の横須賀で逞しく生き抜いた女性マダムの半生を綴るパートと、当時の日本の風景、社会・事件等を描くパート。この二つが交互に展開されることで進行する。単に時代背景を紹介するだけでなく、マダムが当時の社会をどう見ていたのか?戦後の高度経済社会が彼女の人生に何をもたらし、何を奪ったのか?そうした個人と社会の関係性を描きながら、生々しい一人の女性の心の内を炙り出していった所が、いかにも今村昌平っぽいと思った。
それにしても、このマダム。かなり偏った思考の持ち主という風に映った。
彼女は戦後間もない頃に娘を抱えながら横須賀でアメリカ兵相手のバーを切り盛りしていた。彼女は「アメリカ兵は日本人よりもずっと紳士的だったわ」と言う。これは、家族を捨てた元夫に対するあてつけという見方も出来るので、あくまで個人的な意見という風に思った。
しかし、彼女はその後、ベトナム戦争の凄惨な戦場写真を見て「これはほとんど偽造でしょ」とあっけらかんと言い放つ。流石にここまで来ると、これはどうかと思った。この言葉一つとっても、彼女はかなりアメリカ人に対して好意を持っていることがよく分かる。
あれだけ日本をボロボロの敗戦に追い込んだ国民をここまで好意的に捉えている所に、自分はとても驚いた。一個人の思考とはいえ、こうした市井の眼差しがあったのか‥ということが知れたのは、本作を見た最大の発見である。
戦後日本の復興の影にアメリカの援助があったことは紛れもない事実である。しかし、それだけではないだろう。朝鮮戦争の特需があり、日本人独自の努力があってはじめて復興を成し遂げることができたのだ。アメリカ人に対するコンプレックスのようなものが当時の人々の中には少なからずあったことは確かで、中には彼らに対する憎しみを抱いていた人たちもきっといるはずである。マダムの対米親和な発言は、これはこれで一つの思考であり、間違ってはいないと思う。しかし、決してアメリカに対して友好的な人ばかりではなかった‥という事実だけは忘れてはならないだろう。
一方で、本作は戦後の風俗や社会情勢についても言及している。スラム街や闇市、街中を颯爽と走る輪タクといった映像が興味深く観れた。更に、安保闘争、創価学会の台頭、現天皇皇后陛下ご成婚パレードの投石事件、社会党委員長・浅沼稲次郎暗殺事件といった政治、社会に大きな衝撃を与えた記録映像も出てくる。戦後日本の混乱を赤裸々に照射したという点で大変貴重なドキュメンタリー映画となっている。
そして、そこにマダムの飄々とした語り口、彼女のどこかユーモラスな姿が添えられることで、本作は非常に奇妙な鑑賞感が残る異色のドキュメンタリーへと昇華されている。普通のドキュメンタリーに見飽きた‥という人にはきっと面白く観れる作品だと思う。