躍動する音と映像にどっぷりと酔いしることができる快作!
「ベイビー・ドライバー」(2017米)
ジャンルアクション・ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 幼い頃に両親を事故で亡くしたベイビーは、天才的なドライビング・テクニックでギャングのボス、ドクの下で“逃がし屋”として働いていた。彼には多額の借金があり、その返済のために仕方なく今の仕事をしている。しかし、それもあともう少しで終わりそうだった。ある日、彼はウェイトレスのデボラと出会い恋に落ちる。そして彼女のために犯罪の世界から足を洗おうと決意するのだが…。
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(レビュー) ご機嫌な音楽とスタイリッシュなカーチェイスシーンが痛快な青春アクション映画。
監督・脚本はゾンビ映画のパロディ「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004英)で注目されたイギリスの俊英エドガー・ライト。彼自身、今回の企画には大変な思い入れがあるそうで、その意気込みが製作総指揮という役回りにも表れている。
エドガー・ライトは基本的におバカなコメディを撮っている監督だが、今回はどちらかというとシリアスなトーンが横溢している。ユーモラスな演出もあるにはあるが、それらは控えめで、意外にもストレートな青春談として観ることが出来た。
ところで、”逃がし屋”というモチーフで思い出されるのは、アクション映画の巨匠W・ヒル監督が撮った「ザ・ドライバー」(1978米)である。最近ではそのオマージュとも言うべき
「ドライヴ」(2011米)という傑作もあった。この手の作品で見所となるのはやはりスリリングなカーチェイスシーンとなる。
本作もそこには相当力を入れて撮られている。しかも、本作の主人公ベイビーは、幼い頃の事故の後遺症で耳鳴りがするため、常にipodで音楽を聴いているという設定である。これが先述した”逃がし屋”映画と一線を画した、今作ならではの”チャーム・ポイント”となっている。スピーディーなカーチェイスとipodから流れる音楽の見事なまでのシンクロ。それが極上のサスペンスとカタルシスを作りだし、観ているこちらを画面の中にグイグイと引き込む。音と映像が力強く迫ってくるという点ではまるでミュージカル映画を観ているかのような感覚が味わえた。
現にオープニング・シーンは、まさに”車”の華麗な”ダンス・シーン”と言っても差支えない名シーンとなっている。まずはこの演出のアイディアが秀逸である。
しかも、本作はBGMだけではなく銃声音や物を叩く音、様々な効果音も精密に映像に合わされている。ここまで映像と音の協演を見せつけられてしまうと参りましたというほかない。エドガー・ライト監督のセンスには脱帽である。
物語はかなりカッチリと固められている。いわゆる過去のトラウマ、両親の死と向き合うことでベイビーが成長していく‥というイニシエーション・ドラマになっている。
そのきっかけをつくるのが、ヒロインのデボラであり、父親代わりとして引き取ってくれた養父であり、闇の世界における義父とも言うべきドクといった人々である。彼らとの関係性がベイビーの葛藤を掻き回し、それによって彼は過去のトラウマから解放されていく。
特に、このドラマにおける父親の存在は大きい。実父、養父、ドクという3人は、ベイビーにとって夫々に異なる立場の<父親>であり、個々に優しさ、厳しさといった<父親>の側面を表している。
また、この物語にはもう一人、ベイビーを成長させるべく特異なキャラが登場してくる。それがJ・フォックス演じるバッツである。
彼はベイビーと強盗チームを組むのだが、何かにつけてベイビーのことを子供扱いしてバカにするチンピラである。最終的に彼はある仕事で死んでしまう。この時のシチュエーションを思い出してほしい。彼はベイビーが運転する車の右の座席に座っていた。実父が事故死した時と同じ座席である。このシチュエーションを見て自分は妙に得心した。結果的にバッツはベイビーに殺される形で亡くなるが、これは実父を殺したことと同義ではないか‥と思えたからである。
この「ベイビー・ドライバー」は、実は息子が父親を殺すエディプスのドラマだったのか‥と反芻される。生前の実父については映画を観てもよく分からないが、こう考えればそこも何となく想像できてしまう。そして、ベイビーが母親をあそこまで求愛した理由も自ずと分かってくる。
このように、このストーリーには中々奥深いドラマが隠されており、個人的には大変よく出来ていると思った。
また、カッチリ構成されたストーリーとはいえ、唯一意外だった点もある。それはバッツではなくバディの方が最後の最後まで執念の追跡をしてきたことである。このあたりはかなり捻って来たな‥という感じがした。
逆に、幾つか展開や演出で気になる点もあった。
まず、ベイビーがどうしてこれほどのドライビング・テクニックを習得できたのか。その経緯が本作では完全に省略されてしまっている。そこをスルーされてしまうと、このドラマは説得力という点でどうしても弱く感じてしまう。
また、多少回りくどい展開が中盤に目立つのもいただけない。例えば、バッツとバディの顔合わせは描き方次第ではもっと簡略化出来ただろう。
この他にも、バディが不死身すぎる等、幾つか気になる点があった。
ユーモアという点で言えば、K・スペイシー演じるドクの甥子が良い味を出していた。このあたりは、これまでのエドガー・ライト作品に通じる笑いがある。ドクのバックストーリーについてはかなり不明な点が多く、甥との絡みをもっと見てみたかった気もする。
もちろんエドガーらしいブラックな笑いもそこそこある。
ラストは好みの問題もあるかもしれないが、もっと突き抜けて欲しかった。劇中でベイビーとデボラをボニー&クライドと称していたので、あるいは‥と思ったが、さすがに時代を考えればそうもいかなかったのかもしれない。ただ、娯楽映画として観ればこれはこれで見事な着地にはなっている。