介護問題をユーモアとペーソスを交えて描いた佳作。

「ぺコロスの母に会いに行く」(2013日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 売れない漫画家ゆういちは、離婚して息子のまさきを連れで長崎の実家へ戻ってきた。心機一転、新しい会社で働くが、認知症の母みつえを抱えながらの生活は男やもめには厳しかった。ケアマネージャーの勧めもあり、仕方なく施設に預けることにした。初めての施設暮らしに戸惑いを隠せないみつえだったが、親切なスタッフのおかげで徐々に新しい環境に慣れていく。そして、自らの若かりし過去の記憶を蘇らせていく。
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(レビュー) 認知症を患った母と息子の情愛をユーモラスに綴った感動ドラマ。
同名のエッセイ漫画を
「黒木太郎の愛と冒険」(1977日)、
「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまで党宣言」(1985日)の森崎東が監督した作品である。
森崎監督と言えばパワフルで猥雑な演出が非常に印象的である。しかし、今回はそうしたテイストはほとんど見られず、かなり肩の力を抜いて作ったな‥という感じがした。笑いあり、涙ありの人情ドラマで番人に受け入れられやすい作品になっている。
そこで描かれるテーマは、ずばり老人介護の問題である。
過去に自分が観てきた老人介護を扱った作品は、ほとんどが陰鬱でハードな内容だった。しかし、本作はとぼけたユーモアを配しながら軽やかに描いている。この”あっけらかん”とした作りは明らかに森崎節なのだろうが、同時に過去作を観てきた人にはちょっと物足りなく感じる所かも知れない。かなりウェルメイドにまとめられている。
ただ、そうした映画の内容とは別に、自分は本作の製作裏話を知り、また別の角度から興味深く観ることが出来た。
実は、森崎監督自身も本作の撮影時には認知症と闘っていたらしい。そのあたりの詳しい事はNHKのドキュメンタリー番組「記憶は愛である ~森崎東・忘却と闘う映画監督~」で紹介されていたということだ。残念ながら自分はこの番組を未見なのだが、もしそういった事実があったとしたら、本作が完成したことは、ある意味で奇跡と言えるのではないだろうか。認知症の監督が認知症を題材に映画を撮るというのは、大変挑戦的な試みのように思う。
ちなみに、氏のフィルモグラフィーを見ると、今作は前作「ニワトリはハダシだ」(2003日)から実に9年ぶりの新作となる。その間ずっと映画を撮れなかったのは、インディペンデントならではの資金面での問題もあろうが、おそらく体調面、精神面の影響も相当大きかったのではないかと想像する。
しかし、映画監督とは映画を撮ってなんぼである。このままでは終われない!認知症なんかに負けてなるものか!そうした表現者としての強い思いが今作に結実したのだろう。
映画を撮るというのは非常に過酷な仕事である。かつてのエネルギッシュな作風が失われてしまったのは残念だが、こうした監督自身の事情が関係していると分かれば、むしろよくぞ完成までこぎつけた‥と称賛したい気分である。
原作のテイストもあろうが、作風は実にゆったりとした楽観的なテイストでまとめられている。
例えば、ゆういちの帰宅を待つみつえの姿などは、その前段で語られた妖怪の話との関連から笑ってしまった。
また、ゆういちの音楽好きという設定も随所にユーモアを放ち、自慢の歌声を披露する飲み屋のシーンなどは中々楽しく観れた。
あるいは、ゆういちの禿げという設定も面白い。彼と仲の良い行きつけの喫茶店の店主も頭が禿げており、更にそこに介護施設に出入りする、ゆういちと同じ境遇にある男・本田という禿げも加わって、禿げ3人衆が揃うことになる。彼らの禿げネタにも大爆笑した。ちなみに、タイトルの”ペコロス”とは小さなたまねぎのことで、ゆういちの禿げ頭のことを指している。
かように認知症の介護というシリアスな題材を扱いながらも、ユーモラスな描写が多分に盛り込まれており、そこが映画の見易さに繋がっている。おそらく多くの人の共感を得ることが出来るのではないだろうか。
考えてみれば、認知症とは現実には大変深刻な問題である。介護疲れで周囲が参ってしまうという話もよく聞く。その前に本作が語るように、少しリラックスしてこの問題に対処してみてはどうだろうか‥という、考え方もありなんじゃないかと思う。
ゆういちは、みつえの幸福そうな笑顔を見て、ボケるのも悪いことばかりじゃない‥としみじみと語る。正にこれまでの介護問題を扱った作品とは真逆のメッセージで、自分はそこにハッとさせられた。
何かと厳しい介護問題であるが、本作はそんな考え方を改めさせてくれる格好のシミュレーションになっていると思う。ぜひたくさんの人に見てもらいたい。
物語の構成も中々よくできている。映画は現在のゆういちの私生活を描くパートを中心に展開されるが、そこにみつえの過去の回想が時々挿入される。その過去パートで、みつえの悔恨と、ゆういちの郷愁が語られ、これが中々味わい深い。
クライマックスにかけて現在と過去が止揚されていくのも◎。ややベタすぎるという気がしなくもないが、綺麗にまとめられていると思った。
キャストの好演も言う事なし。ゆういちを演じた岩松了の妙演は板についているし、みつえを演じた赤木春江も安定していた。
しかし、実は個人的に本作で一際を目を引いたのは、若き日のみつえを演じた原田喜和子である。彼女は結婚を機に芸能界を引退していたが、離婚したことで俳優業に復帰した。妹である原田知世に後れを取る格好でデビューしたこともあり、かなり不利な立場での芸能活動だったかもしれないが、こうして久しぶりに観れたことを嬉しく思う。様々な人生経験を積んできたことによる説得力とでも言おうか‥。今回の強き母性像の体現には何だか頼もしさが感じられた。
尚、妹の原田知世も本作にはゲスト出演している。