大人のためのおとぎ話。
「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017米)
ジャンルファンタジー・ジャンルロマンス
(あらすじ) 1962年アメリカ、口の利けない孤独な女性イライザは、政府の極秘研究所で清掃員として働いていた。ある日、研究所にアマゾンの奥地で発見された不思議な生き物が実験体として運ばれてくる。イライザは”彼”に不思議と親近感がわき、次第に心を通わせていくようになる。
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(レビュー) 口のきけない孤独な女性と半身半漁の奇妙な生物の純愛をスリルとサスペンスを交えて描いたファンタジー・ロマンス。
この半身半漁の奇妙な生物、ハッキリ言ってしまうと半魚人だが、これが案外グロい。ヌメリ感がリアルで、それだけ特殊造形がよく出来ているということなのだが、そんな半魚人にどうして人間の女性が惹かれてしまうのか?普通であればそんなことはないだろうと思ってしまう。しかし、逆に言うと彼女のこの心理を読み解ていくことこそが、本ドラマの肝とも言える。
要するに、見た目ではなく内面が大切なのだ…ということを言いたいのであろう。
”彼”は見た目は怪物だが心は実に繊細で純粋である。それはまるで生まれたての赤子のようでもある。イライザの手話を真似てみせる所などは正にそんな風に思えた。おそらくだが、イライザはグロテスクな容姿と関係なく、そんな”彼”の純粋さに惹かれたのだと思う。
しかし、いくら彼女が恋をしても、”彼”はやはり文明社会の中で生きていくことが叶わぬ異端者である。イライザと彼女の数少ない親しい人物以外にとってみれば、”彼”はどこからどう見ても恐ろしい異形の怪物でしかない。
中でも冷酷な軍人ストリックランドは、その最たる人物である。彼は自らの出世のために”彼”を利用し、拷問を与え、服従させようとする。まるで人間のエゴをそのまま体現したかのような暴君である。
モンスター映画における怪物は、とかく恐ろしいモノ、人間の敵として描かれることが多いが、この映画の中ではこの半魚人はどこか虐げられるモノ、悲しき宿命を背負った”弱き者”として描かれている。
イライザの愛情発現は、あるいは”彼”に対する同情心、もっと言えば母性から来ているという言い方もできるかもしれない。
いずれにせよ、彼女がこの怪物に惹かれて行った理由は、そんな所にあるのではないかと想像した。
そして、今作にはこの半魚人以外にも悲劇的宿命を背負ったキャラクター達が複数登場してくる。これがテーマの深遠さを生んでいる。
まず、ジャイルズというイライザの隣人が登場してくるが、彼などは昨今のLGBTの問題をダイレクトに表したキャラであろう。LGBTという言葉は今でこそ広く知れ渡ることとなったが、彼らに対する偏見や差別はまだまだ根強い。
もう一人は、イライザと一緒に働くゼルダという女性職員である。彼女はアフリカ系黒人女性で、黒人の権利も当時はまだまだ不完全なものであった。公民権法が制定されたのは1964年になってからのことである。
このようにこの映画の中には、ゲイや黒人女性といったマイノリティーが登場してくる。彼らも周囲から恐れられ差別される社会的弱者という点でこの怪物と共通するキャラクターである。
つまり、本作は偏見や差別の愚かさ、憤りをテーマとしているのである。
映画は時代を映す鏡である。アメリカは現在、他人種に対する排他政策を強めている。それは一人の政治的指導者の方針によるものであるが、グローバリゼーションが進む中、この問題はアメリカに限らずどこの国でも抱えている悩ましい問題となってきている。
本作はヴェネチア国際映画祭や先日のアカデミー賞で高い評価を得た。ファンタジー映画がここまで絶賛されるのは極めて稀なことである。それは本作が只のジャンル映画に留まらないことを表している。おそらく、現在の世の中に一石を投じる、こうした崇高なメッセージが映画祭で高く評価されたからであろう。
監督・原案・共同脚本はギレルモ・デル・トロ。外見上はモンスター愛に溢れた作品に仕上がっているが、こうしたメッセージが通底されているあたりに彼の作家としての強い信念が感じられる。
思えば、彼の監督デビュー作
「クロノス」(1992メキシコ)もモンスターが親近者の愛で人間らしさを取り戻していくというプロットだった。モンスターと人間の異種間愛は今作に共通するものがある。
生粋のオタクでホラーやファンタジー畑の職人といったイメージが強かったが、本作を観てちょっと彼のことを見直してしまった。実に真面目な作家ではなかろうか。
ただ、各映画祭で高い評価を得ているのは理解できるのだが、シナリオに関してはやや苦言を呈したい。幾つか引っかかる点があった。
まず、研究所の至る所にカメラが設置されているのに、どうしイライザと怪物の逢瀬を研究所の職員たちは監視できなかったのか?最も重要な箇所を監視しないでどうする?と突っ込みを入れたくなってしまった。
また、イライザが簡単に怪物が収容されている部屋に出入り出来るのもセキュリティー的に問題アリだろう。
更に言えば、話がある程度予想通りに進んでしまうので、正直物足りなさも覚えた。
映像に関しては大変素晴らしかった。ゴシック調漂うイライザのアパート、レトロSFチックな研究施設、水中表現も美しくて見応えがあった。
キャストではイライザを演じたサリー・ホーキンスの好演が印象に残った。どこか幸薄そうな造形が今回の役にハマっていた。
ストリックランドを演じたM・シャノンは肩の力が入り過ぎという気がしなくもないが、公私に渡ってかすかに人間味を見せた辺りは上手い。
また、怪物を演じたダグ・ジョーンズは、ギレルモ監督のアメコミ映画「ヘルボーイ」シリーズでも半身半漁のエイブを演じており、ここでも敵役振りを見せている。彼無しではここまでの造形の妙は出せなかったであろう。