ダメおやじの奮闘記。

「海よりもまだ深く」(2016日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 自称作家の中年男、篠田良多は、ギャンブル好きで妻に三行半をくだされ、今は“小説のための取材”と称して探偵事務所で働いていた。一人息子の真悟と月に一度の面会日がやって来る。父子は団地で気楽な一人暮らしを送っている母・淑子の部屋で一緒に過ごすことになるのだが…。
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(レビュー) 自堕落な暮らしに浸る中年男の悲哀をユーモアを交えながら描いた家族ドラマ。
妻にも仕事にも見放された甲斐性無しの男の生き様が淡々と綴られる静かなドラマである。しかし、ラストにはしみじみとした感動が味わえた。ダメ人間の成長とでも言おうか…。現状からの脱却を少しばかり期待させるような、慎ましやかな光明を放って清流に締めくくられている。
最も印象に残ったのは後半、台風襲来によって良多の葛藤を巧みに炙り出していく一連シークエンスである。父として、夫として良多は後悔の念を引きづっている。その苦悩と自省をダイナミックに描写した演出が素晴らしい。
そもそも公園の遊具の中で妻子と揃って一夜を明かすというシチュエーションが皮肉めいている。というのも、良多自身、これが一家の最後の団欒になることを自覚するからだ。
暴風雨の中で、彼らは一時の温もりに浸る。しかし、その温もりは台風が通過するまでである。台風が去れば、再びいつもの日常生活、離婚した夫婦へと戻ってしまう。言わば、これは期限付きの家族”ごっこ”なのである。
良多の身になって考えれば、このシチュエーションは実に不憫である。しかし、これが現実の厳しさである。いくら愛する家族と言えど、一度手放してしまってはそう簡単に取り戻すことはできないのだ。
良多を演じる阿部寛がコミカルさを前面に出しているため、それほどシリアスに見えないのが難点だが、その悲哀は手に取るように伝わってきた。
監督・原案・脚本・編集は是枝裕和。
思えば彼の作品
「そして父になる」(2013日)も、父親失格な男の物語だった。本作にはそれに通じるテーマが感じられる。両作品を見比べてみると面白いかもしれない。
そして、本作にはもう一人メイン級の存在感を見せる俳優が登場してくる。それは良多の母親・淑子を演じた樹木希林である。彼女も飄々とした演技で阿部寛とユーモラスなやり取りを披露している。
特に、先述した台風が接近する中での二人の会話劇は絶妙だった。良多の幼稚さ。そんな彼を口では冷淡に突き放すも、母としての愛情をしっかり示す”昔話”が秀逸である。まるで母親の”尻叩き”のように良多に身の”恥”を気付かせている。幾つになっても母は我が子が心配なのである。二人の強い絆が感じられる良いシーンだった。
尚、この時、淑子の口から映画のタイトルでもある『海よりもまだ深く』という言葉が発せられる。その意味を噛みしめてみると、彼女が良多に何を気付かせようとしていたのかがよく分かる。要するに、それは人生の奥深さ、誰かを深く愛することの難しさを説いているのだろう。
ラストも中々味があって良かった。
台風で折れたのであろう傘を画面にさりげなく配置することで、家族がバラバラになってしまったことを暗喩している。と同時に台風一過のような晴れ晴れとした気持ちにもさせられた。良多の人生の再スタートが予感される。
本作で難だったのは、良多の探偵稼業のエピソードである。メインである良多と妻子のドラマの邪魔になってしまっている印象を持った。仕事の請負い方や依頼者とのやり取りなど、面白く観れるのだが、全体の中ではそれほど重要な意味を持っているわけではない。箸休め程度に抑えても良かったのではないだろうか…。