カンヌでパルムドームを受賞した傑作。
「万引き家族」(2018日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 古びた平屋の一軒家に治と妻・信代、息子・祥太、信代の妹・亜紀、そして家の持ち主である母・初枝の5人が暮らしていた。彼らは万引きをしながら生活をしている。ある晩、治は近所の団地の廊下で寒さに震えている女の子を見つける。治に保護された彼女は両親の元に戻ることなく、そのまま治たちと暮らし始めるのだが…。
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(レビュー) 万引きをしながら暮らす奇妙な一家の悲喜こもごもを巧みな映像と会話劇で綴った人間ドラマ。
こんな家族が本当にいるのだろうか?という突っ込みは当然出てくるだろうが、それを補って余りある面白さがこの映画にはある。
現代の日本社会の路地裏で肩を寄せ合いながら、どうにかこうにか生きている極貧家族の日常を通して見えてくる問題。果たして家族とは何なのか?親子関係とは?幸せとは?様々なことを考えさせられた。
監督・脚本・編集は是枝裕和。これまでにも様々なホームドラマを描いてきた氏だが、今回は正に集大成的な作品となっている。
特に、「誰も知らない」(2004日)と
「そして父になる」(2013日)との繋がりを強く感じた。
本作のゆりの境遇には「誰も知らない」で語られたネグレクト問題が。また、この疑似家族には「そして父になる」で語られた血縁or非血縁という問題が確認できる。
自分はこうした過去の是枝作品を観ているので、そのあたりの共通点を見出しながらより一層興味深く観ることが出来た。
物語もホームドラマとして見た場合、面白く出来ていると思った。
基本的には治を中心にしたドラマ仕立てで、そこに妻・信代との夫婦愛、息子・翔太との父子愛が語られている。いずれも悲劇的な末路を辿ることになるが、安易に困難に対する解決を提示することなく真摯に締め括られているのが良い。これぞ是枝監督らしい現実主義と言えよう。それは確かに悲痛な鑑賞感を残すが、一方で彼らの幸せだったころの瞬間を愛おしく反芻させ抒情的でもある。
また、虐待から保護されたゆりを軸にしたドラマも見応えがある。特に、彼女を世話するうちに次第に母性を芽生えさせていく信代の変化が面白い。おそらく信代自身も、ゆりと同様、幼少期には虐待を受けていたのであろう。彼女たちの腕に同じような傷痕が残っていたのが何よりの証拠である。この信代の過去を言葉ではなく映像で見せた演出が秀逸である。信代が母性を開眼させた瞬間のように思えた。
他に、亜紀の過去もミステリアスに紐解かれていて中々面白かった。どうして彼女がこの家族に加わったのかは中盤で判明するが、そこには初枝の過去も関わっている。2人の間にまさかそんな繋がりがあったのか、と驚かされた。
尚、亜紀は風俗嬢として働いているが、これを観て自分は同監督作の
「空気人形」(2009日)という映画を思い出した。「空気人形」は、他の是枝作品に比べると多少異質な映画で、心を持ってしまったラブドールを主人公としたファンタジーである。
このラブドールと本作の亜紀は、役柄上、大変似ている。どちらも孤独な男たちにとっての精神的”癒し”になっていくからである。そして、本作ではそんな亜紀と店に通いづめる常連客のささやかなロマンスが用意されている。これが中々味わい深かった。亜紀のキャラクターに幅を持たせるという意味でも良エピソードだった。
このように一口に家族と言っても、この家族には様々な”しがらみ”や境遇、対立が存在し、かなり複雑な事情が入り組んだ疑似家族となっている。これは家族と言うより一種の共同体と言った方が良いかもしれない。そんな彼らの悲喜こもごもが、ミステリアスに、時に滑稽に、時に感動的に綴られているのが、この「万引き家族」である。
一癖も二癖もある人間模様が終始飽きなく観れるし、この家族を通して見えてくる様々な問題は非常に現代的な物である。観終わった後に色々と考えさせられるという意味では、まさに今観るべき傑作と言っていいだろう。
演出は、ユーモアとペーソスに溢れており大変見やすくまとめられている。肩の力を入れすぎず、かと言って決して手を抜いているわけではなく、かなり緻密に計算されていることがよく分かる。
例えば、亜紀が治に向って言う「お金でしょ」というセリフは、後にその言葉が様々な場面で皮肉的な意味で振り返られていくことになる。
また、初枝が浜辺で戯れる家族の姿を見ながら自分の左足に砂をかける演出も印象に残った。その後、彼女は亡くなり治たちの手によって家の床下に埋葬されることになるのだが、ここはそれを暗示しているかのようである。初枝はこの時点で自らの死を予期していたのかもしれない…などと切なく思い起こされた。
ラストシーンも秀逸だった。翔太の前を見据えた表情にはこれから強く生きて行こうという前向きな意思が感じられる。観る人によってはバッドエンドと取る人もいるかもしれないが、こと翔太の心理に立てば、これは”嘘の家族”から解放されたハッピーエンドとも取れるのである。
本作で唯一不満に思ったのは、ゆりの誘拐事件にまつわる描写であろうか…。社会的な反響が紋切り的にしか描かれていないため今一つ現実味が薄い。劇中では信代のパート仲間がゆりを匿っていることを知っていたが、他の住民は誰もゆりのことを気付かなかったのだろうか?すぐに事件にならないのは、どう考えてもおかしい。
キャストでは、信代役の安藤サクラの演技が絶品だった。特に、検察の取り調べに応えるシーンの芝居は白眉である。聞くところによると、このシーンは台本を敢えて伏せて撮影したらしい。それがあの時の感情の高ぶりに繋がったのだとしたら、是枝裕和という監督は全くもって大した演出家である。もちろん、その意図に応えた安藤サクラも見事である。鳥肌が立ってしまった。