同じ夢を通して近づていく男女の恋愛ドラマ。
「心と体と」(2017ハンガリー)
ジャンルロマンス・ジャンルファンタジー・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 孤独な中年男エンドレは、妻子と別れて食肉処理場で働いている。ある日、若い女性マーリアが代理業務員として派遣されてくる。彼女はコミュニケーションが苦手で職場になじめず、いつも一人で過ごしていた。そんなある日、工場で盗難事件が発生する。全従業員が精神分析医のカウンセリングを受けることになり、それがきっかけでエンドレはマーリアとの関係を少しだけ縮めていくのだが…。
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(レビュー) 毎晩同じ夢を見る男女の恋愛をミステリアスに綴ったロマンス映画。
リアリティ云々を言ってしまうと、こんなことあるはずがないと一蹴できようが、それはこの映画を本意ではないだろう。今作はあくまで寓話である。
監督・脚本はハンガリーの女流作家イルディコー・エニェディ。大変寡作な作家で、本作は約20年ぶりの長編作品ということである。
自分は、彼女の監督デビュー作である「私の20世紀」(1989ハンガリー西独)を観たことがある。離れ離れになった双子が数奇な運命で再会するという、何とも言えぬ不思議なテイストを持った作品だった。
その映画も今回の映画もドラマのアイディア自体は寓話的と言える。おそらくこれがイルディコー・エニェディという監督の作家性なのだろう。
確かに大人の恋愛ドラマとして観た場合、リアリティに欠く内容ではある。マーリアという女性は浮世離れしたキャラクターで、一体どうして彼女がこんな大人になったのかは全く説明されていない。そのため感情移入しにくいという面がある。
ただ、そんな孤立した彼女が夢想にのめり込んでいくのはよく理解できるし、毎晩エンドレと同じ夢を見ることで運命の出会いだと確信してしまうのも微笑ましく観ることが出来る。
また、どうかするとマンガ的で現実味のない幼稚な話になりかねないところを、イルディコー監督の演出がしっかり地に足の着いた作品として上手く見せている。二人の関係進展が徹底したリアリズムで筆致されていることで、そこまで夢見がちでご都合主義な映画にはなっていない。
加えて、食肉処理場という舞台も残酷且つ唯物的な空間で、映像的にはかなり生々しいショットが頻出してくる。これも映画に奇妙な現実感をもたらしている。
非現実的な恋愛談と血肉が散乱するこの舞台は、<精神>と<物質>の対比というものを強烈に意識させる。この<精神>と<物質>の対比は映画のタイトルである「心と体と」(原題を順序を変えて直訳)にも表明されている。映画のテーマは正にここにあるのではないか…という気がした。
非常に実験性に富んだ作品ではあるが、テーマもかなり野心的で面白い。
ただし、物語として考えた場合、クライマックスが予想通りの展開なので、もう一捻りスリリングな演出が欲しいところである。これではまんま「アパートの鍵貸します」(1960米)である。「アパート~」は紛れもない名作であるが、それを真似ても所詮は二番煎じである。新鮮味が足りない。
その後のエンディングは良かった。一見するとハッピーエンドに見えるが、今後の二人の関係を考えると喜んでばかりいられない…という疑問符も残る。パンのクズが二人の今後を占うヒントで、安易なハッピーエンドに堕していない所に好感を持った。
本作でもう一つ残念に思ったことがある。それは工場の盗難事件が二人のロマンスのきっかけにはなっているが、その後まったくと言っていいほどメインのドラマに直接関係してこないことである。中途半端な扱いで期待外れだった。
カメラは素晴らしいと思った。特に、夢のシーンはいずれも白眉である。雪が降る山林で雄と雌の鹿が戯れる幻想的な描景の数々に汚れのない神秘的な美しさが感じられた。
キャストではマーリアを演じたアレクサンダー・ボルベーイの透明感あふれる美しさが印象に残った。この役にピタリとハマっていた。