洒落たロマコメ。

「あなたと私の合言葉 さようなら、今日は」(1959日)
ジャンルロマンス・ジャンルコメディ
(あらすじ) 東京でOLをしている和子には親が決めた関西在住の婚約者がいた。しかし、独り身の父の世話に忙しくてそれどころではなかった。ある日、京都から親友の梅子が上京してくる。和子は、婚約者に会って断りの返事をしてほしいと彼女に頼む。快く引き受けた梅子は早速、婚約相手の元へ出向きその旨を伝える。ところが、梅子自身が彼に惚れてしまい‥。
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(レビュー) 監督市川崑、脚本九里子亭によるロマンチックコメディ。
この父娘の設定、観る人が観れば明らかに小津安二郎作品のオマージュであることが分かると思う。嫁にやりたくない父と、父のことが心配な娘。ほとんど小津映画における笠智衆と原節子である。
とはいえ、そこは市川崑である。この確信犯的とも言うべき小津パロディを、彼らしい”色”に見事に染め上げている。
市川監督独特のユーモラスな映像感性、九里子亭による軽妙な会話劇が、シットリとした小津映画とは正反対の快活明朗なエンタメ作品にしている。
白眉は和子を演じた若尾文子の圧倒的存在感である。
今回はメガネをかけたキャリアウーマンという造形で、メガネ萌えの諸氏には堪らない物があるのではないだろうか。外では働く女性を軽やかに演じ、家庭の中では父を思いやる健気な娘を切々と体現している。持ち前のコケティッシュな魅力を前面に出しながら、物語のヒロインとして圧倒的な存在感を見せつけている。
梅子を演じた京マチ子の流麗な喋りも、いかにもこの人らしくて良かった。いつものサバサバとしたキャラクターが映画をさっぱりとした味付けにしている。
一方、男優陣は和子の婚約者に菅原謙二、和子に惚れる夜間大学生を川口浩が演じている。こちらも夫々に中々の妙演を見せている。
特に、振られた彼らが愚痴をこぼしながら酒を飲み交わすシーンが傑作だった。恋焦がれる相手が誰かも知らずに(これが実に皮肉的なのだが)、互いの傷心を酒で慰め合う。
このように全体的にコミカルなタッチが横溢しており、他の市川崑作品。とりわけ初期時代のラジカルなコメディ要素も入っているので楽しく観ることができた。
しかし、1箇所だけハッとさせるような演出があったので記しておきたい。
それは和子が婚約者に自分の気持ちを伝えるシーンである。ここで和子のメガネが割れるのだが、普通に考えたらそんなに簡単に割れるはずがない。多少違和感を持ったが、しかしこの時の和子の心情を考えれば、メガネが割れるというこの演出は計算されたものであることがよく分かる。割れたメガネは、つまり彼女のハートを暗喩しているわけだ。ここは妙にドライな演出で印象に残った。
ラストも上手くまとめられていると思った。確かに和子の気性を考えれば、こういう人生の選択もありだろう。果たして彼女はこれからどういう恋愛をしていくのか?あれこれ想像させるような幕引きが味わい深い。