重厚な社会派人間ドラマの名作を映画化。
「破戒」(1962日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) 被差別部落出身の小学校教師の瀬川は、父の訃報で数年ぶりに帰郷した。亡き父の命に従い身分を隠して生きていた彼は深い悲しみに暮れる。その後、彼は同じ部落民出身の運動家・猪子に出会う。彼の信奉者だった瀬川は感激するが、その一方で部落民であることを隠す自らの人生に迷いを感じていくようになる。
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(レビュー) 部落民の青年の葛藤にシリアスに迫った社会派人間ドラマ。
原作は明治の名著として知られる島崎藤村の同名小説である。確か学校の授業でも取り上げられたような気がするが、今となっては内容をすっかり忘れてしまった。本作はその名著を巨匠市川崑が映像化した作品である。
タイトルは「破壊」ではなく「破戒」である。これは父の「戒め」を瀬川が「破る」…という本ドラマのテーマを表している。その葛藤は丁寧に描かれており、素直に彼の苦悩にすり寄ることが出来た。
そもそも人間は大なり小なり何らかの「戒め」の中で生きているような気がする。人によってはそれを”しがらみ”と言うかもしれない。そして、それを「破る」ことによって、人は新しい自分に生まれ変わるものだと思う。
今回は被差別部落を題材にした物語である。しかし、自分はこれを特殊なケースとして観ることが出来なかった。
というのも、瀬川が父の「戒め」によって封印されていた自らの出自をカミングアウトする…という問題は、一青年の自律を意味しており、実にフラットに観ることができたからである。おそらく誰が観ても彼の身上に共感できるのではないだろうか。
瀬川を演じるのは大映の二枚目スター、市川雷蔵。市川崑監督とのコンビは
「炎上」(1958日)、「ぼんち」(1960日)に続いて3度目となる。このW市川コンビは上手くハマっていて、 雷蔵が演技派として覚醒した「炎上」はもちろんのこと、「ぼんち」の飄々とした若旦那振りも中々板に付いていた。今回の雷蔵は「炎上」に続き内省的で、ひたすら沈痛な面持ちを貫き通し、瀬川の苦悩をシビアに体現している。演技のアプローチ自体は「炎上」の方が先んじており、どうしてもインパクトという点で見劣りしてしまう。しかし、その熱演には今回も見応えを感じた。
ただ、これはストーリー展開のせいもあろう。終盤にかけて瀬川の運命が悲劇度を増していき、それによって演技の方もやや力が入り過ぎた感じを受けた。このあたりはやや押しつけがましい。中盤までの演技が絶品だっただけに、この過剰な力演は惜しまれる。
加えて、芥川也寸志のスコアもバタ臭く、場面によっては大仰に感じてしまうことがある。これももう少し抑制してくれた方が良かった。
終盤の子役の使い方や、親友・土屋の変わり身の早さなど、ストーリーや演出で少々雑な部分もある。果たして原作をどこまで消化できているのだろうか?
特に、土屋のキャラクターは魅力的だっただけに、安易に料理してしまったことは残念である。彼は根本的に差別主義者である。しかし、親友の瀬川を色々と気にかけている。彼はどこまで瀬川の出自を知り得ていたのか?知った時にどう衝撃を受け、どう思ったのか?そのあたりをもう少し知りたかった。
このように終盤の作りに難があると思ったが、作品自体が掲げるテーマ自体は普遍的且つ崇高で、今観ても十分に心に響いてくるものがある。
部落問題という言葉は今の人たちにはピンと来ないかもしれないが、現在ではそれをヘイト問題に置き換えて考えてみてもいいだろう。本作を観ることによって差別意識の根深さに改めて気付かされるはずである。