三島由紀夫の生き様を当時の世相を交えながら活写した実録ドラマ。
「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(2011日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) 学生運動が過熱化する中、三島由紀夫は文筆業の傍ら、民族派の学生たちと親交を持つようになり独自の民兵組織構想を具現化する“楯の会”を結成した。彼らは自衛隊と連携して訓練を重ねながら、来るべき決起の時を待ちわびるのだが…。
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(レビュー) 文豪・三島由紀夫と彼を信奉する学生たちの実録ドラマ。
企画、製作、監督、共同脚本は若松孝二。2007年に監督した
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(2007日)で学生運動の終焉を冷徹に描いた氏が、本作ではその反対側。つまり体制側の目線に立って描いた青春映画である。
彼は右にも左にも与しない客観的姿勢を貫く作家だが、この二つの作品を観るとそのあたりのことがよく分かる。若松はゲバ棒を担いだ学生たちにも、日本刀をこよなく愛した三島にも寄り添うことなく、あくまで第三者的な目線でルポルタージュしている。
そして、この第三者的な目線は、作中の出来事をどこか滑稽にも見せている。あるいは、時代や社会の流れに翻弄された悲しくも愚かな事として描いて見せている。賛辞を贈るわけでもない。殉教者として讃えるわけでもない。あくまで事の成り行きを淡々と紡いで見せるあたりに作品の普遍性が感じられる。
本作の三島には微塵もカリスマ性は感じられない。確かに彼を信奉する若者たちは三島を崇拝し、彼の信念のためなら死をも辞さない覚悟でついていく。しかし、映画を観る限り、そんな彼らもどこか子供っぽく映った。
三島を演じるのはARATA改め井浦新。本作の三島由紀夫を見てイメージに合わない、ミスキャストだと言う人もいるかもしれない。しかし、これは若松監督が敢えて狙ったキャスティングであり、三島のカリスマ性を必要上に顕現化しないための方策だったように思う。
実際の三島由紀夫は筋骨隆々の身体をしていたが、今作の井浦はお世辞にも筋肉質の体型をしていない。サウナのシーンが何度も登場してくるのも明らかに狙ってやっていて、実際の三島と井浦のギャップを観客に見せつけるために敢えてそうしているのだろう。若松は三島に必要以上にカリスマ性を持たせず、時代や社会に翻弄された”か弱き者”として描いているのだ。これは中々斬新な造形である。
物語は綺麗に三幕構成になっている。
まず前半は、三島と早稲田大学の民族派の学生たちの交流を中心にして描いている。学生運動が盛り上がる中で、彼は一つの覚悟を持って彼らと共に”楯の会”なる民兵組織を創設し、有事の際は自衛隊と共に出動しようと、その機会を伺うようになる。ところが、自衛隊は一向に動かず、学生運動の鎮圧に向ったのは官僚である警察だった。
映画後半は、これに落胆した三島が徐々に疲弊し”楯の会”が収縮していく様が描かれる。
そして、迎えるクライマックスは、余りにも有名な市ヶ谷駐屯地の占拠、いわゆる三島事件である。三島の自決までの過程をじっくりと紐解いて見せており、その生々しさは真に迫るものがあった。その時の三島の心理を想像すると興味が尽きない。
よく言われることであるが、彼にはナルシストの側面が少なからずあった。その彼が口を酸っぱくして言うのが、いかにして死ぬかという言葉である。
彼はかつて
「憂国」(1966日)という中編作品を発表している。これは自作自演のほとんどオレ様映画であり、そこで彼は自ら切腹して死に絶えた。実際の三島由紀夫も最後は割腹自殺をして命を潰えたわけで、この映画をそれを予見しているとも言える。それくらい彼は”死”というものに対して究極のヒロイズムを感じていたのだろう。
しかし、一方でこうも思う。時代が変わり、世間が自分の訴えに耳を貸さなくなってしまったことで、三島は”仕方なく”自らの命を絶ったのではないか…と。この映画を観ると、何となくそうした心理の方が強かったのではないか、と思えてならない。
事件を起こす決断は、彼の右腕・森田必勝の強い説得によるものとして描かれており、その頃はすでに三島の心も弱気になっていた。このままでは憲法改正はおろか、自衛隊まで”腐ってしまう”という焦燥がありありと見て取れた。そんな弱った彼の心をつき動かしたのが、若い森田の決死の覚悟だった…というのが面白い。あの強靭なイメージの三島がここまで追い詰められていたのか…と。
本作はいわゆる若松プロダクション製作による自主製作映画である。低予算な作品なため世界観の広がりに欠くという難点はあるが、かなり詳細に取材していると感心させられる場面もあり、全体的には中々の力作になっていると思う。
例えば、三島と東大全共闘の討論会は、そこに集まった学生たちの造形やファッションを含め、かなり忠実に表現されていると思った。このやり取りは記録映像として残っているので、比較してみるとよい。背景のセットこそ若干雰囲気は異なるが、セリフを噛んでしまう所も含めよく再現されている。
キャストでは、井浦新の熱演。これに尽きると思う。先述したように一見するとミスマッチに思えるが、なかなかどうして終盤の演説などは三島のしぐさや口調をよく研究している。これもネットなどで記録映像が見れるので比較してみるとよい。
森田を演じた満島真之介の目力も良かった。本作が彼の映画デビュー作である。この頃は女優の満島ひかりの弟というイメージしかなかったが、その後めきめきと頭角を表し、今では有望な若手俳優へと成長している。今後の活躍が楽しみな一人である。