母の愛を感動的に綴った人情ドラマ。
「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 銭湯“幸の湯”を営む幸野家。父の一浩が一年前に蒸発し銭湯は休業状態にあった。母の双葉はパートをしながら中学生の娘・安澄を育てている。ある日、突然倒れた双葉はガンで余命2ヵ月と宣告される。彼女はショックを受けつつも気丈に振舞うのだが…。
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(レビュー) 癌で余命いくばくもない母と周囲の家族の愛を感動的に綴った作品。
幸野家は非常に複雑に入り組んだワケあり家族である。娘の安澄には”ある秘密”があるし、父の一浩は遊び人で他の女との間に鮎子という娘を作って家出している。そして双葉自身も過去に”ある秘密”を抱えて生きている。夫々が苦い過去を背負いながら生きており、物語はそれらに焦点の当てながら展開されている。
今作はいわゆるお涙ちょうだいな難病モノのドラマであるが、こうした複雑な人間模様があることで、古き良き日本映画を思わせるようなオーセンティックなホームドラマとしてとても良質に作られている。安易な感動ものと一蹴できない、一定の味わいと深みを持った作品となっている。
物語は全部で5つのパートに分けられると思う。
まず、一つ目は安澄の学校のイジメのエピソードである。ここでは双葉が安澄を叱咤激励することで母子の絆がテーマとして力強く発せられてる。
2つ目は、一浩と鮎子のエピソードである。一度は家を出ていった一浩だが、双葉の病気を知り残り僅かな人生を共に過ごそうと戻ってくる。その際、腹違いの娘・鮎子も家族の一員になる。幸野家の団欒はいっそう賑やかになり、それと同時に休業していた銭湯も再開し、まさに春の訪れと言わんばかりの活気を取り戻していく。
3つ目は、双葉と安澄、鮎子のロードムービーとなっている。ここで3人はヒッチハイカーの拓海という青年と出会う。実は、卓海は家出青年で双葉との間にささやかな親交が育まれることになる。
4つ目は双葉達の旅行の行きつく先で展開される意外な真実のドラマとなっている。ネタバレを避けるために詳しくは書かないが、ここは今作一番の泣き所だった。
そして、最後は双葉自身が過去と対峙するエピソードである。前のエピソードとはまったく正反対な形で、母子の関係が描かれており実にほろ苦い結末を迎える。
以上挙げた5つのエピソードには共通するテーマが隠されている。それは”母子愛の尊さ”である。このテーマは映画の最初から最後まで通底されており、これがしっかりと柱として立っているおかげで、本作は安易な難病モノの映画で終わらずに済んでいると思う。見応えのある良質な作品として成立している。
思えば、古き日本映画には必ず肝っ玉母さん的なキャラクターがいた。家庭内で様々な問題が起こっても最終的には母が何とか丸く収める。母は強しとはよく言ったものだが、そんな頼もしさが一連の母親像からは汲み取れる。
本作の双葉も然り。彼女は安澄にとっての母親であり、突然転がり込んできた鮎子にとっても義理の母親になっていく。そして、家出青年・拓海にもまるで実の母のように癒しを与えていく。更に、4つ目のエピソードでは、双葉はある種後見人的な役回りに自らを抑え込むが、”見守る”という行為自体はやはり母性から発せられた愛以外の何物でもないだろう。
このように一言で母子愛といっても、様々な形の母子愛があり、それをこの映画は一つ一つのエピソードの中で丁寧に描いて見せている。多種多様に彩りの豊かな母子愛の形には驚かされるばかりだ。母の愛の懐の深さに感服してしまうほかない。
しかも、この映画は母の愛を単純に美しく尊いものとしていない。5つ目のエピソードでは、むしろ儚く薄情なものとして描いている。切っても切れない母子の関係を永遠なものとせず、こういうケースもあるという厳しい現実を見る側に突きつけている。
良い面だけを取り繕うかのように見せる感動系映画がたくさんある中、こうしたイヤな一面をきちんと織り込んできた所が本作の妙味だと思う。非常に正直に描いている映画…という印象で好感が持てる。
尚、銭湯という設定もよく考えられたシチュエーションだと思った。周囲を包み込むべく母性の象徴として、この銭湯という場所は格好の素材のように思う。
本作で一点だけ残念な個所があるとすれば、それはダメおやじこと一浩の奮起が描かれる終盤であろうか…。ここはトゥーマッチな演出で萎えてしまった。個人的にはもっとスマートにまとめて欲しかった。
また、興信所の父娘のキャラに関しては、不用意に出過ぎという気がしなくもない。特に、終盤はいない方が良かった。
キャストでは、双葉役の宮沢りえ、安澄役の杉咲花が素晴らしかった。特に、杉咲花の口をぎゅっと結んだ表情が印象に残った。どんな逆境にも挫けない芯の強さがその表情からはっきりと感じ取られた。