孤独な者同士の繋がりをしっとりと描いた人情ドラマ。
「あん」(2015日仏独)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 小さなどら焼き屋で雇われ店長をしている千太郎は、ある日求人広告を見てきた老女、徳江に出会う。彼女の粒あんが絶品だったことから雇ってみたところ、たちまち評判となり、店はみるみる繁盛していくのだが…。
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(レビュー) ドリアン助川の同名小説を河瀨直美が脚色・監督した人間ドラマ。
あんを作ることにかけては天下一品の老女と、どら焼き屋で働くワケあり中年男の交流を時にハートウォームに時にシビアな問題を絡めながら丁寧に描いた好編である。
それにしても河瀨作品にしては随分と人情味に溢れたドラマで驚かされた。これは原作がそうなのかもしれないが(未読)、これまでの彼女の作品に比べるとかなりマイルドに味付けされており大変見やすい作品になっている。大衆向け娯楽映画として誰が観ても楽しめるだろう。
ただ、ストーリーの第2幕に入って、徳江のハンセン病の問題が取り上げられるのだが、ここは個人的に少し気になってしまった。余りにも唐突過ぎる。
ハンセン病患者に向けられる差別は非常に重要な問題である。それを取り上げること自体、非常に意義深いものがあると思う。しかし、それが果たして今回のドラマにどれほど必要だったかは疑問が残る。もしこの問題を正面から描きたいのであれば、それを中心に描くべきであろう。何だか取ってつけたような気がしてならなかった。
あるいは、もしこの問題に言及するのであれば、構成上、徳江の視点も入れて進行する必要があったと思う。現状では千太郎の視点で紡がれるドラマになっており、これだけでは徳江が如何にこの差別に苦しんできたのか、どれだけ悲しい気持ちを抱えたまま生きてこなければならなかったのか。そこが上手く伝わってこない。
作り手はそこは想像して欲しいと言うかもしれない。しかし、それではこの問題に向き合っているとは言いがたい。
千太郎の過去の悔恨、現在置かれている状況に対する葛藤のドラマはよく出来ていると思った。どら焼き屋のオーナーの娘ワカナとの絡みも良い。彼女もまた千太郎と同じように自分の殻を破れない”籠の中の小鳥”である。二人が互いにシンパシーをおぼえる様は観ててグッとくるものがあった。また、そんな彼らが徳江という大きな母性に包み込まることで新しい世界へと”巣立つ”図式も感動的に受け止められた。
河瀨監督の演出は実に端正に整えられており、改めて彼女の演出力の確かさに感嘆させられる。
今回はユーモラスな場面も中々上手く捌けており、さりげないカットも物語に味わいを増すという意味では効果的であった。特に、度々映る月のカットなどは味わい深い。
また、ワカナは”ある罪”を犯してしまうのだが、単純にセリフで謝罪させなかったのも上手い演出だと思った。おそらく彼女の中では嫉妬に似た気持ちがあったと思うのだが、それをセリフで説明してしまっては三文芝居になってしまう。河瀨監督はこのあたりの心情を実にしたたかに表現している。
尚、あんの作り方を順序立てて丁寧に描写したシーンも作品を大事にしている証拠で好感が持てた。
キャストでは、千太郎役の永瀬正敏の落ち着いた好演が光っていた。
徳江を演じた樹木希林も相変わらず彼女にしかできない演技で上手い。但し、こと今回のような主役級になってくると少々アクが強すぎるきらいがある。
ワカナを演じたのは、樹木希林の孫娘である内田伽羅。
「奇跡」(2011日)以来の鑑賞だが、演技自体はその時と余り変わっておらず、正直余り上手いとは思えなかった。独特の外見をしているので今後の化け方に期待したい。