テーマとタイトル、ストーリー構成が見事。演出も隙なし。
「運命は踊る」(2017イスラエル独仏スイス)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル戦争
(あらすじ) ある日、ミハエルとダフナ夫妻のもとに、出征した息子ヨナタンの訃報が届く。ダフナはショックを受けて気絶し、気丈なミハエルも軍人の対応にいら立ちを募らせる。ところが、その後に戦死は同姓同名の別人だったことが分かる。ミハエルはすぐにヨナタンを呼び戻すよう軍に要求するのだが…。
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(レビュー) 出征した息子の訃報に翻弄される家族の姿を独特のユーモアを交えて描いた人間ドラマ。
非常にシリアスな映画であるが、事態に一喜一憂する人物たちの動向は傍から見ればコメディのようにも映り、かなり”意地の悪い”映画である。そもそも人の生き死にをネタにしていること自体、かなりブラックである。
監督・脚本は
「レバノン」(2009イスラエル仏英)で衝撃的なデビューを果たしたサミュエル・マオズ。
「レバノン」は、紛争地帯に足を踏み入れた若い兵士たちの混乱を、戦車という限定された空間から目撃していく野心作だった。かなり実験的なスタイルの映画で、その独自性に感嘆させられたものである。そんなマオズ監督がまたしても今回、紛争地帯にまつわる”悲劇”を描いている。但し、今回は”家族”という視点を通してアプローチした所が妙味である。
物語は3幕構成になっている。
第1幕はヨナタンの訃報に翻弄される家族の姿を描いた室内劇である。
続く第2幕は、その訃報は誤りで実はヨナタンは生きていた、という所から始まる。時間が逆行し、彼が置かれていた現状を最前線の地から描いている。
そして、第3幕は再び家族の視点に戻り、彼らが迎える悲劇的末路をシビアに描いている。
ストーリーは実に端正に組み立てられており、最後まで集中して観ることが出来た。ただし、第3幕は少し意外な始まり方になっていて戸惑いを覚えた。映画のラストに衝撃的なオチを持ってくるために、敢えてこうしているのだろう。やや作り過ぎな気がしなくもないが、それによって映画の”切れ”は出ている。これはこれで正解という気がした。
それにしても、何という皮肉的なドラマであろう。これが戦争だと言えば確かにそうなのだが、何ともやりきれない思いにさせられた。
原題は「FOXTROT」。初めて知ったのだが、これは社交ダンスの一種だそうである。劇中でこのダンスのステップが度々登場してくるので、それを見ると分かるが、このステップは4つの”歩”で元にいた位置に戻るという非常に簡単なダンスである。これが何を意味しているかというと、察しの良い人ならすぐに気付くだろう。元にいた”位置”に戻る。つまり、最初に決まった”運命”に戻るということを暗喩している。したがって「FOXTROT」という原題は実にシックリときた。
尚、個人的には、第2幕のFOXTROTが印象に残った。若い兵士が絶妙なステップで踊り、ここが内戦の地であることを忘れてしまうほどユーモラスで楽しげである。
しかし、映画を観終わって改めて分かるのだが、そんな楽しそうなダンスにも、繰り返しの日常から抜け出せない兵士たちの苦悩が体現されていた…ということが分かり絶望させられる。
マオス監督の演出は前作とはうって変わって落ち着いたトーンで整えられている。前作は戦場の臨場感を観客に体験させようという意図の元、アクションに傾倒していたが、今回は全く逆である。戦場を”外”から見たドラマであることを鑑み、どこか客観視したような眼差しで描くことを徹底している。
また、今回は随所にグラフィカルな映像センスが見られたのも特徴的だった。特に、1幕目と2幕目はビジュアル的に非常に面白い画面が続く。
例えば、シーンを真上から捉えた俯瞰ショットが何回か登場してくるが、これなどは明らかに神の視点を意識させた画面構図だろう。まるで運命に翻弄される人間たちを達観しているかのようである。
あるいは、ミハエルが住むマンションの内装は実にお洒落でハイセンスである。これがスタイリッシュな画面作りに大きく寄与している。
また、ちょっと風変わりな所では、第2幕と第3幕を繋ぐブリッジでヨナタンの絵日記がアニメーションとして表現されている。第2幕と第3幕の間には大きな時間的な飛躍があり、それを橋渡しするという意味でこうした特殊な演出を起用しているのだろう。これも中々面白い試みに思えた。
一方、前作でも特徴的だったオフビートな演出は今回も健在である。特に、第2幕のヨナタンたちの無為な任務を描く一連のシーンにそれが伺える。何とも覇気がない安穏とした兵役生活をとぼけた味わいで筆致している。
このようにマオス監督の演出は、微に入り細に入りよく計算されており、まるでベテラン監督並みの手腕を感じさせる。前作よりも格段に進歩していることは間違いなく、今後も大いに期待したい。