オリジナル版とはかなり内容が違うので賛否分かれそう。
「サスペリア」(2018伊米)
ジャンルホラー・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 1977年、東西に分断されたドイツのベルリン。世界的舞踊団“マルコス・ダンス・カンパニー”のオーディションを受けるためにアメリカからやって来たスージーは、カリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、晴れて入団を許される。折しも舞踊団では主力ダンサーのパトリシアが謎の失踪を遂げる事件が起きていた。彼女のカウンセリングに当たっていた心理療法士のクレンペラー博士がその行方を追って独自の調査を進める。そんな中、スージーは次回の公演の大役に抜擢されるのだが…。
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(レビュー) ジャーロ映画界の巨匠D・アルジェントが監督した傑作「サスペリア」(1977伊)を大胆にアレンジしてリメイクしたホラー映画。
まず最初に行っておくと本作は元のオリジナル版から、かなりかけ離れた内容である。基本的な設定は確かにオリジナルの「サスペリア」から拝借しているが、そこで描かれるテーマは完全に前とは異なる。オリジナル版は単純に猟奇的快楽に特化した、いわゆる見世物映画で、ストーリーもシンプルだった。
それに対して今回のリメイクは、東西冷戦下のドイツの不安定な世相、果てはナチス政権下の暗黒の歴史が色濃く投影されている。それによってストーリーに込められた意味合いやテーマが随分と様変わりすることとなった。
謎めいた作りの映画なので解釈はそれぞれ違うだろうが、自分は以下のように本作のテーマを読み取った。
魔女の巣窟となるバレエ団は強権を振るう権力の象徴。つまり第二次世界大戦中のナチスを象徴しているように思った。
それに対して今回のヒロイン、スージー。彼女を見初めたマダム・ブラン。映画冒頭でバレエ団から逃亡したパトリシア。彼女のカウンセリングをするクレンペラー博士。彼らはバレエ団に抗する、言わば反権力グループということになる。つまり、これはナチス政権下におけるレジスタンス、当時のドイツ赤軍と重ねてみることが出来る。現に劇中ではドイツ赤軍のハイジャック事件が度々報道されている。
このように捉えると、今回の”魔女の劇団”対”ヒロインたち”の戦いには政治闘争的な意味が汲み取れる。オリジナル版には無い本作ならではのアレンジは正にここである。いわゆるホラーという枠にとどまらない面白さが存在する。
監督はルカ・グァダニーノ。彼はアルジェント版「サスペリア」のファンで今回のリメイクには並々ならぬ野心を持って挑んだという。その野心とは正に上記のようなことではないだろうか。彼はおそらくノンポリだったオリジナル版に政治色を絡ませることで、別のテーマを浮かび上がらせことを狙ったのだと思う。
現に、本作の脚本家のインタビュー記事によれば、当時のドイツの政情を背景に盛り込もうと提案したのはグァダニーノの方だったらしい。このアイディアは監督オリジナルの物だったということが分かる。
また、今回狂言回し的な役割を持たされているクレンペラーのバックストーリーからも、政治的なメッセージはダイレクトに読み取れる。そこにはハッキリと過去のユダヤ人迫害の歴史が投影されている。
そして、考えてみれば”魔女”という存在そのものも中世の頃から差別の対象になった”人々”だったわけである。魔女と言うと邪悪な魔物のようなイメージを持たれるが、実は権力側が権威を示すために利用した”スケープゴート”だった。今回の魔女の劇団がそのような過去の悲劇の産物である…ということを考えれば、彼らもまた悲劇の主人公だったのではないか?と思えてくるようになる。
このような解釈をしていくと、この映画は実に深く楽しめる映画になる。かなり内容を詰め込んだせいで2時間半という長尺になってしまったが、その長さに相応しい見応えが感じられた。
また、本作は一応ホラー映画ではあるので、残酷描写もそれなりに充実している。バレエ団員の一人オルガが身体中の骨を砕きながら踊り狂う場面は衝撃的だった。また、クライマックスの壮絶な殺戮シーンはかなりメロウな演出が施されており、そこにも魅了された。
前衛舞踏のシーンは、これが素晴らしいものなのかどうなのかは正直よく分からなかった。舞踏シーンは概ねカメラワークで上手く見せているが、純粋に肉体的なダイナミズム、カタルシスは感じられなかった。ただ、陰鬱で禍々しい雰囲気には惹きつけられた。当時の時代背景を反映しようという監督の狙いがあったのだろう。
キャストでは、T・スウィントンが一人で三役を演じる大活躍を見せている。2人までは分かったが残りの一人は特殊メイクをしているので分からなかった。ただ、そこまでして彼女が演じ分ける意味がこのドラマに必要だったかどうかは疑問が残る。
また、オリジナル版でスージーを演じたジェシカ・ハーパーが、ある役で再登場してくる。オリジナル版のファンとして嬉しかった。
尚、エンドクレジットの後におまけがついているので、これから観る人は席を立たないように。結構重要なシーンである。