ジャック・タチの遺稿を映像化した切ない人情ドラマ。
「イリュージョニスト」(2010英仏)
ジャンルアニメ・ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 1950年代のパリ。初老の手品師タチシェフは、寂れた劇場や場末のバーを巡るドサ回りの日々を送っていた。ある日、スコットランドの離島を訪れた彼は、そこで貧しい少女アリスと出会う。華麗な手品で何でも叶えてくれるタチシェフのことを“魔法使い”と信じた彼女は、島を離れる彼に付いていくのだが…。
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(レビュー) ジャック・タチの遺稿を「ベルヴィル・ランデブー」(2002仏ベルギーカナダ)のシルヴァン・ショメが監督したアニメーション作品。
主人公タチシェフはもちろんジャック・タチ自身を模したものである。
彼の作品を観たことがある人なら分かると思うが、彼の映画には”ユロおじさん”というキャラが登場してくる。これはタチ自身による自作自演の名物キャラで、コミカルでとぼけた味わいで周囲を引っ掻き回す、ある意味でハタ迷惑な放浪者。ある意味で愛すべき隣人としてジャック・タチ作品の代名詞のようになっている。本作のタチシェフは、まさにこの”ユロおじさん”そのものである。この強烈な個性は過去のタチ作品同様、本作の大きな魅力となっている。
例えば、ガレージのアルバイトをしていた時に客から預かった車を汚してしまうシーンなどは可笑しかった。
基本的にこのアニメはセリフがほとんどなく、全て身振り手振りなどのジェスチャーで心情が表現されており、サイレント映画のような作りになっている。それがオフビートな笑いや哀しみを誘発している。
このガレージのシーンなどは正にショートコントのようなテイストで、かつてのチャップリンやキートンの映画のようで面白かった。
シルヴァン・ショメは、元々はちょっとクセの強い映画を撮る監督で、出世作「ベルヴィル・ランデブー」などは中々一筋縄ではいかない風変わりな作品だった。ブラックコメディのような毒とシニカルな笑いが混在し、只のコメディというよりはクスリと笑えるような映画だった。
そんなショメはタチの映画をこよなく愛しているそうである。その思いが本作にはよく表れていると思った。過去のブラックさやシニカルさは抑えられ、温もりを漂わせた人情話として美しくまとめられている。明らかに過去の映画に比べると観やすい映画になっていて、このあたりはジャック・タチの遺稿をそのまま反映させたのだろう。氏に対するリスペクトが感じられる。
物語は、前半はタチシェフとアリスの朴訥とした交流、後半は二人の関係が徐々に破綻していく切ないドラマになっている。
時代の流れについていけず、場末のステージからデパートのショー・ウィンドウへ活動の場を移すことになるタチシェフの姿は観てて切なかった。また、彼とアリスが滞在するホテルには、同じように時代から取り残された腹話術師やピエロが住んでいる。彼らの末路も実に寂しげでドラマに哀愁を持ち込んでいる。
更に、メインのドラマであるタチシェフとアリスの関係も、アリスに思いを寄せる青年の登場によって次第に離れていくようになる。タチシェフの視点で観れば、このあたりは正に小津映画的父娘のペーソス、手塩にかけて育てた娘の嫁ぐ姿を遠くから見届ける父の心境そのものである。
一方、アリスに着目すると、これが結構な薄情娘という風に見える。何も知らない田舎娘から小奇麗なレディへ育ててもらったのに、彼女はタチシェフを捨てて何のためらいもなく愛する彼氏を選んでしまう。普通であればもう少し恩義を感じて何かしらの未練を残してもおかしくないはずである。しかし、この映画はそうはしていない。
要するに、本作はこの”現実”を示したかったのだろう。
つまり、幼少時代のアリスが夢見た”魔法使い”など本当はどこにも存在しない。アリスはその現実を選択し大人へと成長していった。その成長をこのドラマは正面から描きたかったのだと思う。
したがって、自分はタチシェフのことを不憫に思ったが、アリスが彼を捨てて未来へ向かって進んでいく所に爽やかさも感じた。この映画は、ただ感傷に浸るだけの映画ではない。ある一人の少女が恋する女性へと成長していく青春映画として見事に成立していると思ったからである。
先程、本作は「ベルヴィル・ランデブー」よりも観やすい映画になっていると言ったが、ラストにかけてのこの展開は結構きついものがあるので好き嫌いが分かれそうである。
映像は細部にわたるまでよく出来ていて全体的にクオリティが高い。特に、フリーハンドで描いたような美術背景が独特の味わいで面白かった。まるで絵本のような世界観で心和む。
ちなみに、タチシェフの相棒でウサギが登場してくるが、このキャラも中々良い味を出していた。二人(?)の別れと再会の繰り返しがドラマにちょっとしたユーモアをもたらしている。ある意味で、タチシェフの人生を占うキー・キャラと言えるかもしれない。