自身の出自を否定してまで少年が訴えかけたかったこととは?余りにも悲惨で尊いメッセージが胸を打つ。
「存在のない子供たち」(2018レバノン仏)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) ベイルートのスラム街。大家族の中で学校にも行かず家族のために必死に労働する少年ゼインは、ある日、年端もいかぬ妹が大家と結婚させられてしまうのを止めようとする。しかし、その反対もむなしく妹は泣きながら連れて行かれてしまった。絶望したゼインは家を飛び出て一人で生きいくことを決意するのだが…。
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(レビュー) 幼い少年ゼインが自分を産んだ罪で両親を裁判で訴える。この衝撃的な幕開けから一気に映画の世界に引き込まれた。
以降は、どうしてゼインがそんな裁判を起こしたのか?どんな人生を歩んできたのか?その謎解きを起点にして興味深く観ることが出来た。
しかして、ゼインの人生を追う回想ドラマは実に過酷にして悲惨で、見ててひたすら辛かった。ベイルートのスラム街に住む子供たちの生活はここまで酷いのか…と。
そして、レバノンと言えば、
「レバノン」(2009イスラエル仏英)や
「戦場でワルツを」(2008イスラエル仏独米)でも描かれていたが、かつてイスラエル軍の侵攻によって被災した過去を持っている。その社会的影響は今でも人々の暮らしに重くのしかかっており、その面影が垣間見える所も含めて、観てて非常にしんどかった。
ただ、確かに観ててしんどいのだが、映画的にはゼインの極貧、孤独な日常をここまで徹底して描いたことはドラマに説得力をもたらす上では奏功していると思った。ゼインの大人と社会に対する深い憤りと悲しみは観ているこちら側にダイレクトに伝わってきて、思わず彼のことを応援したくなってしまった。
聞くところによると、本作のメインキャストの多くはその境遇に近い一般市民の中からキャスティングされたそうである。主人公のゼイン少年を筆頭に、彼の両親。そしてドラマのキーパーソンとなる不法就労の女性ラヒル、彼女の赤ん坊ヨナスも、全てがいわゆるプロの俳優ではないというから驚きである。
実生活がそのまま滲み出てくる演技ほどリアルなものはない。そう言う意味では、本作はそれを地でいっているわけで、彼らの真に迫った演技が物語のリアリティを生んでいることは間違いない。
特に、ヨナスの演技はもはや演技というレベルではない。まだ1歳の赤ん坊であるから演技指導など到底できるはずもなく、もはやリアルそのものである。
ゼインを演じた少年も素晴らしかった。彼の場合は、その造形からして魅力的である。心を閉ざした荒んだ目。決して笑わない真一文字閉ざされた唇。全てがこの役にリアリティを吹き込んでいる。そして、ラストで見せた表情。これが絶品だった。
監督・共同脚本はナディーン・ラバキー。初見の監督さんだが、演出はミニマムに徹しており、決して派手さはない。しかし、地味ではあるかもしれないが、日常のスケッチ描写には確かな手腕が感じられた。その手腕は監督処女作「キャラメル」(2007レバノン仏)で既に実証されており、カンヌ国際映画祭でもすでに注目されている(未見)。
本作もそうだが、地元レバノンに密着した映画作りを行っているのが特徴で、レバノンの実社会をテーマに描くということが、この監督の作家としての使命感なのかもしれない。その思いは本作からも十分にうかがえた。
そして、単に悲惨な現状を訴えただけでは映画としてはどこか息詰まってしまうものである。この監督はそのあたりのこともよく知っていて、主人公に感情移入させるべく周到なドラマ構成を張り巡らせており、それがラストの一点で見事に昇華されている。かすかな希望と救いが実感され、その輝きにほっと安堵の涙を流してしまった。この構成は見事である。