「バッシング」(2005日)
ジャンル社会派・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 北海道の海辺の町。ホテルでアルバイトをしている有子は、ある日突然クビを宣告される。彼女はかつて中東の戦時国でボランティア活動をしていたことがあり、その時に武装グループに拉致・監禁され人質となった女性だった。無事に解放されたはいいものの、帰国した彼女は世間から厳しいバッシングを受け、ホテルの支配人も煙たがっていたのである。しかし彼女を待っていた不幸はこれだけで終わらなかった。
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(レビュー) 2004年にイラクで起こった日本人人質事件を題材にした社会派作品。
監督・脚本は
「春との旅」(2009日)、
「愛の予感」(2007日)、
「海賊版=BOOTLEG FILM」(1999日)等の小林政広。氏らしい非常にミニマルな作品である。
元となった事件は今でも覚えている。ちょうど「自己責任」という言葉が流行ったこともあり、被害者女性に対する世間の声は厳しいものだった。どうして国が税金を使って多額の身代金をはらわなければいけないのか?どの面下げて帰ってきた等々。被害者女性に対するバッシングが相当あったと記憶している。
こうした潮流は今でもあるように思う。ましてや現代はSNSによって情報の拡散も昔とは比べ物にならないくらい早くなった。大衆が一斉に同じ方向に向かうのは昔よりも容易になっている。
本作は非常に中立的な立場で作られた作品のように思う。主人公である被害者女性を擁護するでもなく、彼女をバッシングする周囲を批判するでもなく、最後は観客に問題提起をする形で終わっている。観客夫々にこの問題について考えて欲しいという監督の狙いがあるのだろう。社会派作品としてみた場合、これは実に真摯に作られていると思った。
物語は主人公・有子の視点で展開されていく。勤め先から理不尽な理由で解雇され、買い物に行けば嫌がらせを受け、自宅にはいたずら電話がひっきりなしにかかってくる。挙句の果てに父親の人生までも狂わされてしまう。
観てて実にやるせない思いにさせられた。ただ、有子の方にも問題が無かったかと言えばそうではない。彼女は少々人間的に問題がある。
例えば、あれだけ酷い目にあったのに再び戦地へ行こうとしたり、その金を親に無心したり、周囲から自分がどう思われているのか、どうして反感を持たれるのかということをまったく理解していない。ただ盲目的に自分のしたいことだけをしているのである。要するに物事を客観視する能力に欠ける女性なのである。
一見するとこの映画は有子を可哀そうに描いているが、彼女に共感させようとしていないことは明らかだ。彼女を思慮の浅い女として描いているからである。
したがって観客は彼女に同情することはあれ、決して感情移入するまでには至らないだろう。
本作はあくまで中立的な立場から「バッシング」という問題を扱っているのみなのである。
演出はドキュメンタルに拠っている。音楽を排した淡々とした作りは、いかにも小林政広らしく、本作のハイライトとも言える有子の表情を捉えたロングテイクにも見応えを感じた。
一方で、映画らしいユーモアも各所に散りばめられており、有子のおでんに対する一連の執着には、ある種の病的なほどの頑固さが伺えニヤリとさせられた。
また、コンビニの前に立てられた「子育ては『やめなさい』と言える大人の思いやり」という標語にもクスリとさせられた。劇中の有子と両親の関係を示唆しているのだろう。
脚本もよく出来てると思った。実際の事件を知っていれば有子の置かれている状況は容易に想像つくが、知らなくても映画を観ていれば段々と分かってくるように作られている。有子のバックストーリーが解き明かされていく構成が見事である。
ただ、幾つか不自然に思える箇所があり、そこは残念だった。
例えば、有子が別れた恋人の元へ向かうシーン。ここで初めて彼女は笑顔を見せるのだが、その前後の二人のやり取りを考えれば首をかしげたくなる演出だった。
また、これはキャスティングの不満になるのだが、有子が偶然再会する過去の女性友達の演技が素人丸出しである。1シーンのみではあるが違和感を覚えた。
ただ、それ以外はキャスト陣は概ね好演している。中でも有子の葛藤を深く演じきった占部房子の存在感が抜群だった。