「魂のゆくえ」(2017米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) ニューヨーク州北部の小さな教会で牧師をしているトラー。かつて従軍牧師をしていた彼は、軍に送り出した息子が戦死したことで心に深い傷を負っていた。ある日、妊娠中の信徒メアリーから夫マイケルと話してほしいと相談される。マイケルは深刻な環境破壊が進むこの世の中を憂いていた。
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(レビュー) 悩める信者の魂を救えなかった牧師の葛藤を静謐に綴ったシリアスな人間ドラマ。
環境破壊に絶望するマイケルとメアリー夫妻と交流するうちに、トラーは次第に彼らの思想に感化され、やがて神に対する不信を募らせ過激な行動に出る。最終的にテロリストのようになってしまうのだが、それほどトラーはひどく追い込まれてしまった…ということなのだろう。
彼の行動に同調できるかどうかはさておき、今現在、世界を見ていると何となく彼のような人物が出てきてもおかしくはない…という気がした。
大企業による環境破壊。貧富の差がますます拡大していく格差社会。世界各地で行われる紛争。正に我々は混沌とした世界の中で生きている。
本作のマイケルは、こんな世の中で子供を育てたくない…という理由でメアリーに堕胎を迫る。トラーはそんなマイケルの苦悩を知り何とか救いたいと尽力するが、その力もむなしくマイケルは自らの命を絶ってしまう…。
神に祈ることですべて解決できればこんなに楽なことはない。しかし、実際には紛争は無くならないし、自然破壊も進んでいる。現実は非情だ。
マイケルは環境保護活動に勤しみ、結果として自分の命を縮めてしまった。その彼を救えなかったことはトラーの中で大きなトラウマとなっただろう。彼の信仰心は大きく揺らいだに違いない。
トラーの信仰に対する迷いを更に推し進めたのは、もう一つあると思う。それは自らの拠り所である教会までもが大企業の献金の上で成り立っている…という事実である。中立公正な教会とはいえ、全てを信者の献金だけで賄っているわけではない。そこには大きな経済も関与してくるわけで、もはや宗教と経済は切っても切れない関係にある。
実際にアメリカの共和党を支持する団体の中にはキリスト教福音派が存在する。これは大きな勢力を占めていて、大統領選挙にも強い影響力を持っている。彼らは堕胎や同性愛を固く禁じる保守派であり、宗教と政治も密接に繋がっているのである。
クライマックスが印象的だった。
トラーは、ついに信仰に背を向け過激な破壊行動に出ようとする。非常にスリリングに展開されているが、最後に一つの救いを提示してこのドラマは終幕する。予想の範囲内ではあるものの、この救いにはホッと安堵させられた。
監督、脚本はP・シュレイダー。若い頃はバイオレンスが得意な作家というイメージが強かったが、本作は意外にもじっくりと腰を落ち着けた静かな作品である。演出も正攻法で安定感があり、ここにきて円熟期の極みを見せている。
ただ、1か所だけエキセントリックな演出があり、個人的にそこは観てて戸惑いを覚えた。それはトラーとメアリーが身体を重ねて精神世界に没入する”マジカルミステリー・ツアー”のシーンである。二人の体が宙に浮いて自然風景の中を飛行するのだが、スピリチュアルに傾倒しすぎて今一つ馴染めなかった。
キャストでは、トラーを演じたイーサン・ホークが印象に残った。終始苦悶の表情を貫き、悩める牧師を切々と体現していて◎。