「アポロンの地獄」(1967伊)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルファンタジー
(あらすじ) 捨て子だったオイディプスは、コリントスの王に預けられすくすくと成長した。ある日、彼は母と交わり父を殺すという神託を受ける。予言を恐れた彼は、故郷を捨て荒野をさまよう中でライオス王と出会う。彼を殺害したオイディプスは、その足でテーバイへと赴き、そこで人々を苦しめる怪物スフィンクスを討伐する。
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(レビュー) ギリシャ悲劇「オイディプス王」をピエル・パオロ・パゾリーニが監督した作品。
有名な戯曲なので大筋は知った上での鑑賞である。ストーリー自体は特に大きな改変はなく、戯曲に則った内容になっている。
「奇跡の丘」(1964伊)で聖書を忠実に映像化したパゾリーニなので、このあたりは律儀である。
特に新味は感じられないが、長く愛されている名作だけに安定した面白さがある。皮肉に満ちたオイディプスの人生は実にドラマチックで見応えを感じた。
尚、この父殺しの話は、後にフロイトのエディプス・コンプレックスの語源にもなっている。
一方で、忠実に再現された物語とは裏腹に、演出にはパゾリーニらしい独特のユニークさがうかがえる。
例えば、オイディプスが神託を授かる場面は、彼の主観映像と彼の姿を捉えた俯瞰映像のカットバックで表現されている。主観映像では多くのモブが存在するが、俯瞰映像では彼一人の姿だけでモブは存在しない。父を殺し母と姦通すると予言されたオイディプスの動揺をこのようなシュールな映像演出で表現したところに彼の才覚が伺える。
また、本編の前と後に、中世の王室の物語と現代のスペインの物語が挿話されている。一見すると本編とは全く関係ない話に思えるが、実はこの3つは時代の変遷という点で深く繋がっている。中世、古代、現代という時代の流れの中で、君主制が崩壊して民主制が敷かれた歴史を見事に寓話という形で描いて見せているのだ。
まず中世の物語は王族の子息の目線で紡がれる禁断の愛憎ドラマとなっている。王妃に恋い焦がれる名も無き兵士が嫉妬に狂う様を寒色系の陰鬱なトーンで描いている。
続く本編では、オイディプス王が自らの運命を呪いながら王室を滅ぼし、更には自分の目を潰して国を去っていくまでの物語が描かれる。
そして、最後の現代編では、そのオイディプスと同じ俳優が演じる盲目の男が登場してくる。国を去ったオイディプスは最後に物乞いにまで落ちぶれるが、同じキャスト、目が見えない世捨て人という共通の設定から、この盲人は明らかにその後のオイディプスを象徴していると見ていいだろう。
このように解釈していくと、この映画は一人の王の”誕生”から”死”までを、中世→古代→現代と時代を変えながら描いていることがよく分かる。
かなり変則的な構成の映画であるが、これもパゾリーニらしい機知に富んだ作劇ということができのではないだろうか。
一方、演出で若干無頓着に思えるようなシーンが幾つか見られた。
オイディプスがライオス王と遭遇するシーン、スフィンクスの討伐シーン、オイディプスがイオカステーの寝室を訪ねるシーン。このあたりは演出が雑に思えた。映画らしいケレンミにも欠ける。こうした粗は、作品全体の鑑賞感を損なうほどのものではないが、完成度という点では少し勿体なく思う所である。