「あやつり糸の世界」(1973西独)
ジャンルSF・ジャンルサスペンス
(あらすじ) サイバネティック未来予測研究所が開発中の<シミュラクロン1>は、電子空間に仮想世界を構築し、高度なシミュレーションによって政治や経済などの未来予測を行う画期的なシステムだった。ある日、開発者のフォルマー教授が急死し、後任にシュティラーが任命される。だがその直後、彼にフォルマーの最期の様子を伝えようとした同僚ラウゼが忽然と姿を消してしまう。
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(レビュー) バーチャルワールドの開発に従事する男が謎めいた陰謀に巻き込まれていくSFサスペンス作品。
「マトリックス」シリーズなどでお馴染み、仮想現実を題材にした作品だが、本作が製作されたのは1973年というから、それよりもかなり前である。
尚、本作には原作小説がある。1964年に刊行された「模造世界」(未読)という小説である。
同時代にはフィリップ・K・ディックも活躍していた頃であり、
「トータル・リコール」(1990米)の原作としても有名な「記憶売ります」は1966年に刊行された氏の小説である。この頃はこうした題材を扱った小説が流行っていたのだろうか?
いずれにせよ、現代では当たり前のようになっている仮想現実を取り扱っているという点では先見の明があった小説だったのではないかと思う。
監督、共同脚本はライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。ニュー・ジャーマンシネマの代表格にして、その独特の作家性で多くのファンを魅了する孤高の映画監督である。その特徴は、遺作となった「ファスビンダーのケレル」(1982西独仏)などを観るとよく分かる。人工的で耽美的で劇場空間的な映像設計をする稀代のビジュアリストと言って良いだろう。
その彼が演出するのだから、今作も通俗的なSF映画にはなっていない。ゴダールの「アルファビル」(1965仏伊)、トリュフォーの「華氏451」(1966仏英)といった作品に通じるような観念的且つ禁欲的なSF映画になっている。ハリウッドで製作されるような明快で派手なエンタテインメントは皆無で、実に渋い作品である。
まず、何と言っても目に付くのは、計算されつくされたプロダクションデザインである。無機的で冷たい感じを漂わせたブルーのトーンの中に、鏡やガラスといった舞台装置が至る所で主張されている。まるでこの映画のモチーフである仮想世界を象徴するかのようなシュールで幻想的な映像が横溢する。
物語的にも現実なのか幻想なのか判然としないようなシーンが続く。
シュティラーは失踪したラウゼのことを周囲に尋ねるが、誰も知らないと答える。そうこうしていくうちに、彼はこの世界が本当は仮想世界なのではないかと疑うようになっていく。
ファスビンダーの演出は実に淡々としている。SFというジャンルにおいては地味と言わざるを得ないが、逆に氏のこの資質はいい意味でシュティラーの現実世界に対する疑念、大きな陰謀の静かなる気配をそこはかとなく観る側に意識させ、作品を不気味に盛り立てている。
尚、本作は元々はテレビムービーとして製作された作品である。そのため低予算、短時間、16ミリ撮影という制限された条件の中で作られた。日本では随分後年になってから、それを編集して劇場公開された。前後編合わせると210分を超える大作となる。
正直、話が割とシンプルなので3時間半を超えるこの長さはさすがに水っぽく感じられた。娯楽要素が少ないので余計にそう感じてしまうのかもしれない。この内容であれば、2時間程度がちょうどいいのではないか…という気がした。
ただ、先述したように、鏡やガラスを使った幻惑的な映像には目を見張るものがあるのも確かで、妙に引っかかる作品である。
また、ファスビンダーのSF映画というのも大変珍しく、氏のフィルモグラフィーの中では異彩を放つ作品であり、ファンであれば一見の価値があろう。