「炎と女」(1967日)
ジャンルサスペンス・ジャンル社会派
(あらすじ) 伊吹真五と立子の間には、一歳七ヶ月になるひとり息子、鷹士がいた。しかし鷹士は人工授精によって生まれた子であり、真五の実の子ではなかった。伊吹家には人工授精の手術を担当した藤木田、そして精子の提供者である坂口と妻シナが出入りしていた。ある日、立子が目を離したすきに鷹士が行方不明になってしまう。
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(レビュー) 人工授精を巡って二組の夫婦が愛憎渦巻く対立を深めていく社会派ドラマ。
監督、脚本は松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手、吉田喜重。共同脚本を山田正弘、田村孟が務めている。
山田正弘はテレビのウルトラマンシリーズのメインライターとして活躍した人物であり少々意外であった。一方の田村孟は同じく松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手として活躍した大島渚の作品を数多く手掛けており、今回の仕事はその流れからだろうと想像できる。もっとも、吉田喜重とのコンビは本作1本のみというのが意外であるが…。
例によって、吉田喜重らしい凝った映像が至る所で見られ、ファンであれば間違いなく楽しめる作品になっている。逆に、観念的でシュールな演出に耐性のない一般の観客にとっては実に独りよがりな作品…と一蹴されそうである。
個人的にはこの吉田ワールドは割と好きなので楽しく観ることができた。
また、物語も今回は難解な所はなく、非常に明快に展開されているので楽しめた。
真五と立子、坂口とシナ。二組の夫婦は人工授精によって生まれた鷹士を巡って血縁的にねじれた関係にある。鷹士の本当の父親は精子の提供者である坂口であり、真五ではないのだ。
そのため、立子は人工授精の子供、鷹士に素直に母としての愛情を注げないでいる。真五は精子の提供者である坂口に”男”として少なからず嫉妬の感情を抱いている。坂口は妻のシナを抱けず、そのせいで子供ができないことに負い目のようなものを感じてる。そして、シナは子供を産めない体にコンプレックスを抱いている。
このように4人は、それぞれにわだかまりを抱えているのだが、表向きはそんなことを感じさせないほどフランクに付き合っている。傍から見るとこれが存外恐ろしいわけだが、しかしある事件をきっかけに両夫婦の関係は一気に険悪になってしまう。シナが、鷹士を自分の息子だと言って連れ去ってしまうのである。
果たして4人の関係はどうなってしまうのか?そこが本ドラマのポイントとなる。
吉田監督のシュールな演出は今回も健在である。
まず、何と言っても立子たちが住むモダンな邸宅のデザインが印象的である。幾何学的な画面構成は吉田作品の一つの特徴であるが、それを象徴するかのように存在している。
そして、極端なパースの画面構図が登場人物たちを徹底的にフレームの枠の中に押し込み、彼らの圧迫感と緊迫感を見事に表現している。
ロケーションも素晴らしい。高くそびえたつ林道、廃鉄橋等、よくぞこんな場所を見つけてきたと感心するばかりである。
女性のスキャットを前面に出した音楽もシュールな世界観にほどよくマッチしていた。
キャスト陣では立子役の岡田茉莉子の浮遊感をもたらした演技が喜重ワールドを下支えしている。やはり吉田喜重のミューズは彼女以外にはないと再確認させられた。
尚、人工授精という問題をこういう形で取り上げたことは、製作された時代を考えればかなり先進的だったのではないかと思う。そういう意味においては先見性を持った作品とも言える。