「霧の旗」(1965日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 柳田桐子は、熊本の老婆殺しで逮捕された兄の正夫を救うため、高名な大塚弁護士の事務所を訪ねた。しかし、大塚に冷たく断られてしまう。そのまま正夫は無罪を訴えながら死刑になってしまった。その後、事件のことが気になった大塚は、裁判に関する書類を調べてみた。すると犯行の状況から犯人は左利きなのではないかと思い改まり…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 冤罪で死刑になった兄の復讐に燃える女の執念を冷徹に描いたサスペンス作品。
松本清張原作を山田洋次が監督、橋本忍が脚色した映画である。
「寅さん」シリーズなどで有名な山田洋次のサスペンスということで、珍しさもあって観たが、意外にも最後まで緊張感が持続し面白く観ることができた。こういう作品を撮ることもできるんだ、ということが分かり驚きである。
特に、中盤の桐子の尾行のシークエンスは映像だけで引っ張る”映画的”ケレンミに満ちており目が離せなかった。
また前半、桐子が車の喧騒の中を歩くシーンにおける音の演出は少しアヴァンギャルドさも匂わせ新鮮だった。周囲の車の走行音を一切排して、桐子が歩く靴音だけを浮き上がらせる演出に彼女の精神状態が想像できる。
一方、物語も中々面白く追いかけていくことができた。
桐子の復讐の「意味」を考えると、何ともやりきれない思いにさせられる。そもそも桐子の依頼を冷たく拒んだ大塚は決して悪人というわけではない。彼は高名な弁護士で、他にも多数の案件を抱えておりそれを引き受けることができなかった。桐子は大塚を恨むが、はっきり言うとこれは逆恨み以外の何物でもない。少し大塚のことが気の毒に思えてしまった。
逆に、兄が冤罪で死刑になってしまった桐子の悔しい気持ちもよく分かる。もし大塚が弁護をしてくれていたら、あるいは兄は無罪になっていたかもしれない。タラレバの話に過ぎないが、その可能性は高かっただろう。
しかし、だからと言って大塚を恨むのは少しお門違いのような気がする。それに、この復讐劇には第三者の女性を巻き込んでおり、ますます桐子の行動が自己満足的に映ってしまい、途中からサイコパスのように見えてしまった。
如何に人間はエゴイスティックな生き物かがよく分かる物語である。何ともやるせない気持ちにさせられた。
一部で、観ててやや強引な個所があったの残念である。
一つは、犯人が左利きだったのではないかということが後になって分かるのだが、普通であれば取り調べの段階でそのくらいのことはすぐに分かるのではないか、ということである。素人から見てもこれは完全に捜査上の落ち度に思えた。
二つ目は、終盤で桐子がハニートラップよろしく大塚を酒に酔わせて罠にはめるシーンである。いくら彼女が魅力的とはいえ自分に恨みを持っている女である。普通は警戒するだろう…と思ってしまうのだが。
キャストでは何と言っても桐子を演じた倍賞千恵子の冷徹さと無邪気さを両立させた演技が絶品だった。どうしても「寅さん」シリーズのさくらのイメージが強いが、彼女はこうしたシリアスな演技もできる女優である。思い出されるのが、
「みな殺しの霊歌」(1968日)という作品である。あの時の演技も今回に通じるような非情さがあった。