「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(2017日)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 看護師の美香は、鬱屈した感情を抱えながら毎日を過ごしていた。建設現場で日雇いとして働く慎二は、気の良い同僚に囲まれながら漫然と生きていた。ある晩、二人は渋谷の雑踏で出会う。その後も、二人は偶然の再会を重ねながら次第に惹かれあっていくようになる。
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(レビュー) 都会の片隅に生きる若い男女の恋愛をユーモアを交えて描いた青春ロマンス作品。
同名原作の詩集を
「舟を編む」(2013日)の石井裕也が監督・脚本した作品である。
「川の底からこんにちは」(2009日)、
「ばけもの模様」(2007日)、
「ガール・スパークス」(2007日)、
「反逆次郎の恋」(2006日)、
「剥き出しにっぽん」(2005日)とインディーズ時代から青春ロマンスを撮ってきた氏だけに、今回も安定した力量が感じられる。原作は未読であるが、詩集をこうしたドラマに作り上げた所に、並々ならぬ才能を感じた。
しかも、今作は彼が今まで撮ってきた作品から様々な良い所を寄せ集めて作られたような集大成的な映画になっている。
例えば、ヒロイン美香の終始イラついた仏頂面は、これまでの作品に登場したヒロインに共通する特徴である。また、過去のトラウマから抜け出せず恋愛に臆病になっている所も、過去のヒロイン像に重ねてみることができる。
一方の慎二も童貞っぽさを匂わした幼児的なキャラクターで、やはり石井作品ではお馴染みの男性主人公と言って良いだろう。そして、どこまでも不器用で優しく純情である点も微笑ましい。口数が多くて意味もないことをベラベラとしゃべるという設定が面白かった。
セリフにも石井裕也らしいものが見つかる。
美香が発する「愛って言葉は血の匂いがする」というセリフが印象に残った。もしかしたら原作にある言葉なのかもしれないが、これも過去作を観ていれば納得してしまうセリフである。石井作品の中では「愛」は時に残酷で人生を破滅に導くことがある。特に「反逆次郎の恋」などはそれがダイレクトに表出した傑作だと思うが、改めて石井裕也の恋愛観がよく分かるセリフである。
物語は終始軽快で最後まで飽きずに見ることができた。慎二と同僚たちのやり取りも面白く、各サブキャラの個性も上手く引き出されていた。
ただ、今回の主人公とヒロインは、自ら「変」と言うだけあってかなりクセが強い。人生に対してどこか冷めた見方をしていて極めてモラトリアム的である。現代の若者たちを象徴していると言われれば確かにそうなのかもしれないが、彼らに共感を覚えるかどうかは難しい所だろう。
そのため、渋谷の街で再会を繰り返すことで距離を縮めていくという、ロマコメ的王道の展開も、屈折した主人公たちのせいで余り楽観的に楽しむことはできない。
また、慎二の同僚の外国人労働者、隣人の独居老人等、所々に社会派的なサブテーマを織り込んでいるのも全体の鑑賞感に骨太さをもたらしている。
一方、ストーリーで少し雑と感じたのは、美香と慎二の過去のしがらみが、後半に入って突如浮上してくる点である。それぞれ過去の交際相手、学生時代の同級生が登場してくるが、前もってプレマイズされていないため唐突に映ってしまった。
石井監督の演出は初期時代のブラックさやシュールさは”なり”を潜め、随分と観やすくまとめられている。これは「舟を編む」あたりから感じているのだが、本人の中でもいわゆる商業映画的な観やすさを意識しているのかもしれない。
とはいえ、スマホ歩きをする人々の図などはやはりシュールであるし、途中で出てくるアニメーションにはブラックなユーモアが感じられる。また、再三、慎二たちの前に現れるストリートミュージシャンも、現実と非現実の中間に存在するような不思議なキャラで際立っている。このように石井裕也独特の感性は至る所で確認できる。
尚、このミュージシャンは、終盤の”ある展開”の伏線になっており、これにはなるほどと思った。