「ホームワーク」(1989イラン)
ジャンルドキュメンタリー・ジャンル社会派
(あらすじ) イランの子供たちをインタビューしていくドキュメンタリー。
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(レビュー) 監督であるA・キアロスタミが、子供たちに宿題をやったかどうか質問していくというシンプルな構成のドキュメンタリー。しかしながら、そこから見えてくるイラン社会と子供たちの置かれている悲惨な状況は実にジャーナリスティックで鋭い。
初期キアロスタミは子供をカメラの対象としていたわけだが、本作からはその神髄が感じられる。
教育制度が確立されていないイランでは文盲率が高く、親も子供たちに勉強を教えることができない。学校から宿題を持ち帰っても子供たちは親に聞くこともできないので、ますます勉強は遅れるばかりで一向に成績は上がらない。ここに出演している子供たちのうち、いったい何人が将来、文字の読み書きができるようになるのか?おそらく大半はできないままだろう。そして、彼らもまた自分の子供たちに宿題を教えることができないのだ。
親の意見も出てくる。彼らは自分が学んだことと今の学校では教えていることが違うと言う。学校の体制が一貫していないのであろう。このあたりは完全に行政の問題もある。不安定な政治情勢にあるイラン社会の暗部を見た思いがした。
そんな中、印象に残ったのは、ある子供が喧嘩と戦争の違いを、相手を殺すかどうかというラインで認識していたことである。その子供は戦争映画が好きでよく見るというので戦争を身近に感じているのかもしれない。将来はパイロットになってフセインを殺したいと言っていた。
学校では打倒フセインを子供たちが合唱しているくらいなので、こういう思考が生まれてもさもありなんである。
もう一つ印象に残ったのは、最後の方に出てくるマジットという少年である。彼は学校で体罰を受けたことで大人に対して過剰に恐怖心を抱えるようになってしまった。抑圧されて生きるイラン市民の一つの象徴のように思えた。
そんな彼が最後に宗教詩をスラスラと暗唱して映画は終わる。あれほどカメラを前に怯えていたのに、実に堂々としたものである。抑圧されてもなおイスラム社会に馴染んでしまうあたりが皮肉的であった。