「オー!ラッキーマン」(1973英)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 野心旺盛な青年ミックはコーヒー豆の販売員としてイギリス北部へ赴任する。仕事は順調で女性にもモテて、彼の将来は明るいものだった。ところがある日、軍の秘密施設の近くで道に迷ったところを逮捕されスパイ容疑をかけられてしまう。拷問の途中で火災が発生し命からがら逃げ延びるのだが…。
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(レビュー) 純真で野心溢れる青年の奇想天外な冒険の日々をスラップスティックに、時に風刺と皮肉を交えて描いたヒューマン・コメディ。
タイトルはラッキーマンであるが、実際に映画を見てみると主人公のミックはむしろアンラッキーの連続に見舞われる。確かに一時は好機に恵まれるのだが、その喜びも束の間。次の瞬間には不幸のどん底に落ちてしまうのだ。
例えば、道すがらで知り合った女性と仲良くなると、彼女の父親が経営する巨大企業の秘書にしれっと就任してしまう。なんてラッキーな男だ…と思うが、しかしそれは父親が張り巡らした罠で、ミックはあらぬ疑いをかけられて逮捕されてしまう。こうした彼の人生の浮き沈みの連続を全編にわたって描いたのが、この「オー!ラッキーマン」という映画である。
監督はリンゼイ・アンダーソン。脚本はデヴィッド・シャーウィン。主演はマルコム・マクダウェル。彼らは若者たちの暴走を幻想的なタッチを交えて描いた青春映画「if もしも…」(1968英)、未見であるが英国の病院を舞台にした「ブリアタニア・ホスピタル」(1982英)でもトリオを組んでいる。この3本はマクダウェル演じる役の名前が全てミックであり、ミック三部作とも言われている。互いのこと勝手知ったるという感じで、夫々に乗り乗って演出、執筆、演じているのが画面から伝わって来た。
ただ、人生の数奇というテーマ自体はよく分かるのだが、物語自体は若干まとまりに欠く内容である。
例えば、何かの伏線かと思われていたものが、結局何の意味も持たなかったなんてことは当たり前で、終始物語の方向性は定まらない。唯一、大富豪を父に持つパトリシアだけは、作中に三度登場するが、彼女以外はほぼ、その場限りの登場人物であり、ミックの前を通り過ぎるだけである。これではドラマとしてはまとまりようがない。
上映時間が3時間近くあるが、全体を貫ようなく主たるエピソードがないまま延々とショートコントの寄せ集めみたいなものを見せられるのは、正直かなりしんどいものがある。
逆に、壮大なコント集と割り切って観る分には十分楽しめる作品ではないかと思う。
最も印象に残ったのは、ラストのオーディションのシーンだった。ここでミックは監督(何とリンゼイ・アンダーソン本人)に笑顔を作れと命令される。映画を観れば分かると思うが、この要求はミックにしてみたら非情極まりないものである。
ミックが軍の秘密施設から逃走するシーンも印象に残った。普通のセールスマンが戦場の中に迷い込んだかのようなシュールな絵面が傑作であった。
その後にミックが訪れる教会のシーンも中々に良い。ここでボロボロだった彼のスーツが真新しくなっているのは、明らかに神の軌跡を意味しているのだろう。そして、尼僧の母乳を飲んで活力を取り戻すシーンは、マリアの慈愛を意味しているのであろう。杖をついて田園の中を歩くミックの姿がキリストその物に思えた。余りにも超然としているがゆえに突出したシーンとなっている。
もう一つ、映像的にショッキングだったのは、ミックが連れていかれた研究所のシーンである。そこで彼が目にした”ある人体実験”はホラー的インパクトがある。
このようにリンゼイ監督の演出は実に奔放である。他にも、無声映画のような演出や、シーンの合間にロックバンドの演奏を挿入して狂言回しを奏でせさせたり等、独自のアート的感性と遊び心をふんだんに盛り込んだ、さながら壮大な実験作のような作りになっている。
また、同じ役者が何役も演じているというのも摩訶不思議で、これは意図したものなのか、それとも製作の都合でそうせざるを得なかったのか分からないが、映画をいっそうシュールにしている。
尚、マクダウェルが主演していることや彼が刑務所で更生するという後半の展開、更には彼が社会の理不尽に痛めつけられていく終盤の姿から、どうしてもS・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」(1971英米)を連想してしまった。おそらく製作サイドは相当意識していたのではないかと思われる。