「地獄愛」(2014仏ベルギー)
ジャンルロマンス・ジャンルサスペンス
(あらすじ) シングルマザーのグロリアは、出会い系サイトでミシェルという男と恋に落ちる。しかし彼の正体は結婚詐欺師で金だけ奪って姿を消してしまった。その後、グロリアは執念で彼を見つけ出し、彼と一緒に居たいがために結婚詐欺を手伝うと申し出る。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 結婚詐欺を繰り返すカップルの逃避行を強烈なバイオレンスシーンを交えて描いたロマンス・サスペンス。1940年代に起こった実際の事件を元にした作品である。
実は同じ題材を元にした映画が数本作られているのを後で知った。「ハネムーン・キラーズ」(1970米)、「ロンリーハート」(2006米)、「深紅の恋 DEEP CRIMSON」(1996メキシコ仏スペイン)という映画である。自分はいずれも未見であるが 「ハネムーン・キラーズ」は一部でカルト的な人気を誇っているそうである。
それにしても、同じ題材でこれだけ映画が製作されているということは、よほどこの事件は世間に大きな衝撃を与えたのだろう。実際、今回の映画を観てみても、グロリアとミシェルがたどる運命は中々ドラマチックで、多少の脚色は入ってるにせよその思考と行動には惹きつけられた。余りにも刹那的で情熱的である。
監督、共同脚本は「変態村」(2004ベルギー仏ルクセンブルグ)で世界中を震撼させたファブリス・ドゥ・ヴェルツ。あのシュールで過激なバイオレンス作品を世に送り出した鬼才ということで、本作もかなりアクの強い作品となっている。
まず、オープニングシーンからして異様である。グロリアが死体の体を拭くというシーンの何とグロテスクなことか。彼女は死体安置所で働いており、この冒頭のシーンは後々の伏線となっている。
その後、グロリアは結婚詐欺師のミシェルに騙されて捨てられる。ところが、惚れた弱みだろう。彼女はミシェルを見つけ出して復讐ではなく、彼の結婚詐欺に協力すると言い出すのだ。こうして二人の結婚詐欺の奇妙な旅が始まる。
この物語で面白いと思ったのは、グロリアとミシェルの力関係についてである。最初はグロリアは捨てられたくないためにミシェルの言いなりになるのだが、この力関係がある時から逆転する。それはグロリアが嫉妬に駆られて、ある金持ちマダムを殺害してしまったことから始まる。彼女の狂気は暴走し始め、あれだけ優位に立っていたミシェルが彼女の前では怖くて委縮するようになってしまうのだ。
やがて迎えるクライマックスで、二人の旅はある事件によって決定的な終焉を迎えることになる。
実は、この映画はグロリアをシングルマザーという設定にしたことが非常に重要だと思う。というのも、このクライマックスの顛末やミシェルの過去には、母親という存在が大きな意味を持っているからである。
ネタバレを避けるために詳細は伏せるが、ミシェルは母にまつわる凄惨な過去に苦しめられている。グロリア同様、母一人子一人の母子家庭で、父親がいないせいで母はミシェルに過剰な愛を注ぎ込んでしまったのだ。
母性愛と言えばおおらかな無償の愛といったイメージで語られがちだが、実はそれは恐ろしい物にもなりうるという怖さも持っている。
このあたりのことは、ポン・ジュノ監督の
「母なる証明」(2009韓国)でも語られていたが、母親の暴走した愛は実に恐ろしいものであることがよく分かる。
ファブリス監督の演出は「変態村」のようなシュールでブラックなテイストはなりを潜め、比較的オーソドックスにまとめられている。
ただ、終盤のグロリアが見るフラッシュバック演出や、中盤のミュージカルのようなタッチは独特のシュールさがあり、やはりこの監督のセンスは相変わらず独特である。
また、意味深なラストも尾を引く終わり方で良い。果たしてこれが何を意味しているのか、観る方は解釈を迷わせるだろう。こうした観客を煙に巻くのもファブリス演出の特徴である。
個人的には、あの電話は通じてはいなかったのではないかと思うのだが…。
ちなみに、劇中には名匠ジョン・ヒューストン監督の「アフリカの女王」(1951米英)の映像がたびたび登場してくる。H・ボガードとK・ヘプバーンの掛け合いが楽しいアドベンチャーロマンだが、ミシェルはこの映画をお気に入りとしている。本作のグロリアとミシェルのカップルとは正反対な「アフリカの女王」を持ってきたところにユーモアを感じた。